2008年09月03日

お兄さんは心配性

 うちにいるボーカロイドはミクだけだ。そもそもは1曲、それもコーラスとかは特にない曲を歌わせるために呼んだから、考えてもいなかった。だから、うちのミクも兄姉たちの声はスピーカー越しにしか知らないし、特に呼べと言われたこともない。
『……ねーキョーくん。そのサムネ、何?』
 ほぼ日課のニコニコ巡りをしていると、ミクが肩越しに顔をのぞかせた。
「ん?どれ?」
『一番左の上から……1、2、3番目』
 ミクが言ったサムネイルは俺も見たことがない。動画のタイトルには「KAITO オリジナル曲」と書いてある。
『カイトにーちゃんの曲なんだね』
「だな。絵は……なんだこれ、ちっちゃいとわかんねーな」
 白い背景の真ん中に何か描いてあるのだが、イマイチよくわからない。クリックしてみると、大きくなったそれは見事なバックドロップだった。
『……』
「お見事」
『ミク、こんなんできない』
「できてたまるか」
 できたら俺の身が危ない。
 曲の方は、夜だから少しロードに時間がかかるが、それでも FTTH 回線は大量のデータを1分もかからずに送り届けてくれた。いきなり始まったカイトの合唱で、俺は軽く吹いた。
「なるほど、タイトル通りだな」
『……そうなの?』
「元ネタは I love daughter だけどな」
 元ネタを見たことがないのだろう、ミクは小首をかしげた。ま、そりゃそうだ。ミクはうちにない本はネット経由でしか読めない。
 曲が進むにつれ、段々ミクが引いていくのがわかる。途中ちょっとムッとした顔になったので、そのときだけはあやすように撫でてやったけど、俺の方は歌詞ににやにやしつつもメロディーの方が気になった。無軌道に感じるほどころころと調が変わるのだ。これでよく破綻しないものだ。
 妙に耳馴染みのある断末魔の声と共に、曲は終わった。
『キョー君』
「ん?」
 変に冷静な声が気になって目を上げると、何やら悟ったような顔をしたミクが、ゆっくりとこちらを見下ろした。
『カイトにーちゃんは呼ばないでね』
「いや、別に KAITO が必ずこういう性格って訳じゃないんだが。曲だし」
『呼んだら……あの……ばっくどろっぷ?』
「するな。頼むから」

+with the sound of [お兄さんは心配性] by すけ P+

posted by alohz at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]ミクと俺と音楽と | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月01日

移転はしてます

先日久々にマイブログ見てみたら旧々底なしくずかごと旧文箱と両方残っていたので、ちょっと本サイトに載せるには舌っ足らずな掌編を載せてみたところ、20人近くの方にアクセスしていただいていたようです。

管理人が放置してたのに反応していただいて、ありがとうございます。

ギター弾きの方はもう底なし本棚の方に移転しましたが、ごくたま〜に「雑念」カテゴリだけ更新します。

ごくたま〜に見ていただけると嬉しいです。

と、いうわけで、サイト名をちょこっと変えます。
これからも the third place をよろしくお願いします。
posted by alohz at 23:21| Comment(4) | 事務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月31日

彼女は火照った頬を寄せて淡々と告げる

これまでに幾人か、男の方にお仕えしてまいりました。
貴方様と同じようにここに来られた方ばかりです。どの方にも、この身の全てを捧げました。

冷たく接する方、優しくしてくださる方、それぞれでいらっしゃいました。
その方々と貴方様に、大きな違いはございません。

ですが、私の名前を知るまで触れようとなさらなかったのは貴方様、ただ御一人です。
この身だけでなく、私の過去と現在をすべて晒させたのも、貴方様だけでした。

ええ。それだけで、私はすべてを貴方様に握られたのです。
信じていただくつもりはございません。
今の貴方様には同じことでしょうから。

貴方様もここを出て行かれるのですね。
驚いたりいたしません。ここに二年以上留まっておられた方はいらっしゃいませんでした。
お嬢様は泣かれるかと存じますが。素直でいらっしゃいますし、慣れるということのできない方ですから。

私は――。
寂しゅうございます。
私は本来このお屋敷に仕える身ですから、貴方様のお言葉といえど、ここを出ることはできません。
ですが、貴方様が去られてからの日々を想像することなどできません。
今こうして肌が触れ合っているだけで、これほど満ち足りているのですから。

  もし、貴方様がお帰りになった後も私を望むのであれば、どうぞ攫ってくださいませ。)
(間違っても、貴方様に抵抗することなどできません。)
posted by alohz at 03:48| Comment(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月10日

ミクと初音ミクの暴走

「ミクー?」
『なぁに?』
 ベッドの上に寝っ転がって漫画を読んでいたミクが、ぴこっと頭を上げた。ツインテールが一緒にしゅっと上がって、なんだか耳の長い犬みたいに見える。しかしこの髪、実際に見るとホントに長い。
『なに?呼んだだけ?』
「ん?ああ、すまん」
 思わずぼーっとしていたらしい。何か面白い勘違いでもしているのか、にやーっと笑っているミクに軽く訊いてみる。
「お前は自分のこと『ボク』とかって呼ぶ気はないのか?」
『ボク?なんで?』
「いや、公称16歳で自分のこと名前で呼ぶのはさすがにおかしいだろ」
 こっそり心の中で、見た目からするとぴったりだけどな、と付け加える。そんなことは知るよしもなく、ミクは首を傾げた。
『ボク、ボク……なんか変な感じ』
「んー、じゃ『あたし』だったら?」
『あたし、あたし……んー、やっぱ変な感じ。ミクはミクだもん』
「なんかそれ意味違うような……」
『?』
 ちょうど今聴いていた曲を巻き戻して、音量を上げる。「初音ミクの暴走」だ。で、A メロが終わったところで止めた。ベッドの上にアヒル座りして、ぽへーっとこっちを見ている。
『…………』
「どした?」
『……キョー君はいわゆる幼女の世界[ロリコンわあるど]?』
「違うっ!そこはスルーしろっ。スク水にも興味ないっ」
 事実だ。いくらミクのほっぺたをぷにぷにするのが大好きだといっても、それは猫の肉球をぷにぷにするのが好きなのと同じでロリコンではないし、スクール水着を食べたりしない。
『だよねー。ミクのオトナの魅力にメロメロだもんねー』
「……ほっぺたぷにぷにつるぺたさんのお前のどこにオトナの魅力が?」
『なにをー!』
 がばっと起き上がって漫画を放り出すとだだだっと走ってくる。ミクの暴走からパソコンを守るため、跳び蹴りを想定して身構えたが、ただの体当たりだった。しかと受け止めてすばやくほっぺたをつまんでやる。
「ほーらぷにぷに」
『うー……やめれっ』
 いつもならこっちが止めるまでじっとしているが、今日は珍しくぷるぷると首を振った。素直に離してやると、ミクはかわいらしい怒り顔で俺と目を合わせた。俺は座っているから若干見上げるくらいになる。
『ミ……ボクだって16歳の女の子なんだからねっ』
「お、自然」
 どっちかというと主張よりも一人称の方に反応してしまった。
『だから!オトナの魅力たっぷりなのっ』
「……?」
 俺がよくわからんという顔をしていると、ミクはますます不満そうな顔で俺のほっぺたをむぎっと掴んだ。
「痛い痛い」
『だからっ、ボクだってもうオトナなの!それとつるぺたじゃないもんっ』
「ほーう?それは確かめてもいいってことか」
『いいわけないでしょっ!キョー君のエッチ!ロリコン!』
「どっちだよ」
 まぁ、単に何か叫びたかっただけだろう。
「大体、普通16歳ならオトナの魅力はあんまりないと思うけどな」
『……そうなの?』
「そう思うけど。16歳ったら高校の後半だろ?その辺の高校生はオトナっつーよりは若者らしい魅力が溢れてると思うんだが」
『……ミクみたいに?』
「……」
 俺が思わず即答しなかったら、ミクの手が俺の頬をぐいっと伸ばした。
「いててて、冗談だって」
『ぶーっ』
 俺が手を抑えて離させると、ミクは渋々手を離した。体温高めの小さな手の爪には、髪の色と同じエメラルドグリーンのマニキュアが塗られている。今はオーバーニーの靴下に隠れて見えないが、足の爪にも同じ色のペディキュアがきれいに塗ってある。
「そうだな、お前この手はちょっとオトナっぽいかもな」
『手?』
「そ。手がきれいってのはポイント高いぞ」
 そう言って、舞踏会なんかでやるように、右手でそっとミクの左手を取った。きゅっと握るのではなく、ただミクの手の平を乗せて指を軽く軽く包む。さすがに手の甲にキスまではしなかったが、それでなにやら満足したらしい。
『そっか……』
「ま、オトナかどうかよりもミクがミクらしく魅力的かどうかの方が重要だけどな。素材はすごくいいんだし」
 ついでにフォローのつもりで言ってやると、ミクはちょっと驚いた顔をして、すぐににこっと笑った。
『へへー。やっぱりキョー君、ミクにメロメロだ』

+with the sound of [初音ミクの暴走] by cosMo+

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2008年05月18日

ミクと新曲

『キョー君。ねー、キョーくーん』
「んぁ?なんだよ」
 パソコンに向かっていた俺は、後ろからのしっと抱きついてきたミクを振り返った。ちょっと首を伸ばせばキスできるくらいの距離で、ミクは子供みたいにぷくーっとふくれていた。
『早く曲作ってよー。最初の1曲は素敵だけど、もう1ヶ月経つよ?そろそろ他の曲も歌いたいー』
「だからそれに向かって努力してんじゃねぇか」
 俺がそう言うと、ミクは不審そうな目でパソコンの画面を見た。立ち上がっているのは iTunes とテキストエディターだけ。
『どこが!先々週くらいっから全然キーボード弾いてないし録音ソフト立ち上がってないし、アイチューンもただ聴いてるだけじゃん!』
「これだ、これ」
『メモ帳?でもこれ歌詞じゃないでしょ?』
 うちのミクは iTunes もちゃんと言えないしメモ帳とアウトラインエディターの区別もつかないおばちゃん頭だが、目端は利くのだ。今の行数を見たのだろう。そりゃあ縦書き表示にして画面端まで一杯に文字を入れて、150行を超える歌詞はオペラくらいでないとあり得ない。それにオペラなら縦書きにはしないだろう。
「うん。これは次の原稿」
『次?』
「次のイベント」
『ミクの?』
 急に目が輝いて、弾んだ声を出した。いまいちよくわかってないフシはあるものの、ボーカロイド関連のイベントなら嬉しいらしい。が、残念ながら違うのだ。
「いや、創作オンリー。ミク出てこない」
『なんでよ!』
「なんでもなにも」
 またしてもふぐみたいにほっぺたが丸まったミクと至近距離で目を合わせた。かわいく俺を睨むミクに言ってやる。
「俺そもそも物書きだもん。創作メインの」
『……』
「演奏するのは好きだけど、曲はあんまり作れないんだよね」
 ほっぺたがぷしゅっとしぼんで、代わりに目がまん丸になった。
『ええーっ!?』
「やかましい」
 こん。
『あうっ』
 耳元で叫びやがった。至近距離での高周波の一撃に少し耳がわんわんする。軽く小突いてやって声は収まったが、勢いは全然収まってない。
『じゃ、じゃあ何でミクを買ったの?』
「いや、あの曲を歌ってほしくて」
『1曲だけ!?』
「1曲だけ」
 俺が少し前に作った曲を誰かに歌ってほしかったのだが、数少ない友人は忙しすぎて俺の道楽に付き合ってくれなかったのだ。そんなときに“初音ミク”の存在を知ったので、幾ばくかのお金で呼び寄せた。
「その時はな。ま、そのうち別のを作ることもあるだろうなと思ったし。その時はお前が歌うために作るつもり」
『……そ、それは嬉しいけど、そのうちって……』
「それを近づけるために頑張って原稿やってるんだろ?これが終わったら何も気にせずに音楽に打ち込める」
『打ち込み苦手なくせに』
「ぃやかましい。誰がうまいことツッコめと」
 ミクのよく伸びるほっぺたをむにーっと伸ばしてやりながら、もう片方の手でデスクトップに並んでいるショートカットの1つをクリックした。表示されたフォルダの一番上のファイルをクリックして、ミクのほっぺたを解放した。
「ほら、聴いてみ」
『ぅー……何の曲?』
 これくらいでは赤くもならない頬をなでながらパソコンをのぞき込む。ディスプレイの両隣に置いたスピーカーからピアノのイントロが流れ始めた。
 まだピアノしか録っていないから曲の雰囲気と大まかな進行ぐらいしかわからない。それでも、ミクは穴が空くほどディスプレイを見ていた。1分半で曲が止まると、ミクは期待に満ちたまなざしで俺の方を振り返った。
『ひょっとして……次の曲?』
「そ。まだメロディーで決まってないトコもあ――」
『キョー君!』
 俺がしゃべり終える前に、ミクが前に回って正面から思い切り抱きついてきた。まだ完成までかなりあるというのに、すごい喜びようだ。
「こらこら、まだ早いっての」
『だぁって、嬉しいんだもん!ミクのこと、ちゃんと考えてくれてたんだぁ』
「当たり前だろ?毎日目覚まし時計代わりじゃさすがに悪いしな」
『えへへ。完成するの、楽しみにしてるね?』
 腕を緩めて、とろけそうなほどの笑顔を俺に向けた。こんな顔をされてしまうと、俺も何か喜ぶようなことを言ってやりたくなる。
「ほら、そろそろ原稿してもいいか?さくっと終わらせて続きやりたいからさ」
『うん♪』
「なに、今10ページ目に差しかかるところで、分量的にはあと15ページくらいだ」
『……』
「ん?どうし――おわ!バカ、泣くな!冗談だっての!」
『ううー……ひっ、キ、キョー君のっ、いじ、わるっ……!』
 俺はとりあえず作りかけの新曲をもう1回流して、ひぐひぐと変な声で泣いているミクの背中をなでてやるのだった。……余計なこと言わなきゃよかった。

posted by alohz at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]ミクと俺と音楽と | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミクと恋スル VOC@LOID

 しとしとと雨が降り続く6月のある日。いい加減キーボードを弾き続けるのに飽きてネットに逃げたときのこと。初音ミクの曲を流してネットサーフィンをしていたら、寝転がって漫画を読んでいたミクが寄ってきた。
『キョー君何聴いてるの?』
「ん?よその初音さんの曲」
 今流れているのは「恋スル VOC@LOID」。俺がミクを知った曲で、特にミクのために曲を書いてる時にはたまに聞き返しているのだ。
『いい歌だよねー。こう、ちょっとダメな持ち主にもっと頑張ってほしいような、でもちゃんと歌を作ってくれるのが嬉しいような、何ともいえない気持ちがすごく伝わってくるよねー』
 言いながらこちらを横目でちらちら見ている。ダメな持ち主か……。
「そうだなぁ。純粋というか、素直な思いが伝わってくるよなぁ」
『こんないい歌作ってもらって、幸せだろうなー』
 ちらちらどころかじーっと見つめながら言ってくる。子供のくせにいっちょまえにイヤミなんて覚えやがった。
「幸せだろうなぁ。きっと素直でかわいい子なんだろうなぁ」
『ミクみたいにね』
 思わず振り返ると、勝ち誇ったような顔でにっこーと笑っている。
「そうだなぁ、素直じゃないけど」
 そう言いながら柔らかいほっぺをぷにぷにぐにぐにといじってやると、嫌そうな顔をしながらむーっと唸ってみせた。それでも手を振り払いもせず、逃げる振りをして俺が手を伸ばしやすいような場所にそっと動いたりする辺り、素直なような、素直じゃないような……。
 最後にほっぺたをさすってやると、表情がちょっとゆるむ。その時を見計らって言った。
「まだ1番しか歌詞できてないけど、歌ってみるか?」
『……うんっ!』
 今度こそ、ミクは素直に満面の笑みを浮かべて、頷いた。

posted by alohz at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]ミクと俺と音楽と | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月13日

横顔

「えー!?またぁ!?」
「ごめん、あと2週間しかないからさ……」
 電話越しにぶつけた久美の不満の声に、和志は気弱な声でぼそぼそと言い訳をした。目前に迫った連休に旅行に行こうと持ちかけたら、あっさり断られたばかりかデートもお預けと言われてしまったのだ。そうでなくても、今月に入ってから会えたのは一度だけだ。久美でなくても、文句の1つも言いたくなるだろう。
「あと2週間って、先月何か出したばっかりじゃないの?」
「うん。あれは創作のイベント用で、今やってるのはゲームのオンリーイベント用。二次創作だから最初は楽なんだけど、動かし始めるとかえって制約が多くて……」
「そんなん知らないよ。もう、これで何日会ってないと思ってるのよ?」
 久美は嘆きのため息を漏らした。大学の時の後輩だった和志と付き合い始めて4ヶ月になる。その間、和志が趣味でやっている物書きを理由に、月に1回は会うのを断られていた。
「このイベントが終われば冬まで少し間があるからさ、そしたら旅行行こうよ」
「……終わったらっていつよ?」
「12月の初めの週とか。仕事もそんなにきつくないし」
「連休でも何でもないじゃない。金曜の夜から行くの?」
「午後休とか……ダメかな?」
「……考えとくけど」
 和志の上目遣いな声に、久美は思わず口調を緩めてしまう。この声で言われると、大抵のことは許してしまうのだ。和志の表情まではっきり想像できて、目の前にいないのについ目をそらしてしまう。
 そらした視線の先に、買ったばかりの旅行雑誌があった。久々の連休を2人で過ごすために買ってきた本だ。久美は、これではいかん、と自分を奮い立たせた。連休は2人で過ごす。それはもう決定事項なのだ。
「それはそれとして、今度の連休!旅行は12月でいいけど、せめて1日ぐらいあたしのために使ってくれたっていいじゃない」
「うん……じゃ、土曜日の夜ご飯食べに行こうか」
 和志は少し考えてから言った。3日のうち、どれくらいの時間を執筆に使うか、計算したのだろう。が、久美はにべもなく言った。
「ダメ。土曜日は1日付き合ってよね。一緒に見たいものもあるし、お昼しかやってないとこにも行きたいから」
「うーん……」
 断りづらいが断りたい、という響きだ。いつもこれに譲ってしまっていた。でも、今日は譲らない。
「和志さ、あたしのこと好き?」
「好きだよ」
「本当に?」
「うん」
 その言葉に迷いはない。さっきまでの気弱げな響きもない。それは久美もわかっていた。そのまっすぐさは信じていた。だから訊いたのだ。
「でもさ。付き合い始めてから、何回会ったっけ?」
 和志は答えない。
「仕事もあるし、小説書くのが好きなのもわかってる。でもあたしは和志に会いたいの。毎日でなくても、週末ずっとじゃなくても、土日のどっちかぐらい、好きな人と一緒にいたいの」
 和志は頷いた。かすかな声で、久美にもそれがわかった。
「和志はあたしに会いたいって思わないの?彼女のために時間使うのは嫌?」
「そんなことない。俺も久美さんに会いたいよ」
「じゃあ会ってよ。あたしが和志んちに行くから。お昼作ったげるし夜は小説書いててもいいから、土日とも一緒にいてよ」
「……いいの?」
「寂しいんだよ?和志はそんなことないかもしれないけどさ」
 そんな訳ない、と和志は言った。久美もそこまで気にされてないとは思わない。ただ、自分の世界を、打ち込めるものを持っている和志と持っていない久美とが同じ寂しさを感じているはずはない。
 それからしばらくして電話を切った。和志はたぶん、すぐに書き始めているだろう。そして久美は、本を読む。和志が好きだと言っていた本を。
「不公平だわ」
 独りごちた。CD を流して、クッションにぽすんと身を預けた。2、3ページ読んで、ぱたんと閉じた。身を起こしてその本を棚に戻すと、もっと薄い本を手に取った。
 20ページにも満たない、妖精の話。音楽で耳を塞いで、するすると読んだ。和志が書いた本だ。表紙と挿絵は友達に頼んだ、と言っていたが、分量以外はその辺で売っている本と変わらない。
 表紙に描かれた妖精の横顔に、和志の書いている時の横顔を重ねた。パソコンの奥に広がる想像の世界を見つめる、真剣なまなざしを。
「不公平だわ」
 また、独りごちた。

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2008年05月12日

号砲を鳴らすのはギター

「なー、兄貴。オレどうすりゃいいんかなぁ」
「何がだよ」
「雅[みやび]のこと」
 浩太はギターを抱えたまま、ベッドに寝っ転がった美紀の方を見た。
「何かしなきゃいけねーのか」
「んー……いや別にしなきゃいけないってわけじゃないんだけどさ。このままこう、どこにも落ち着かない感じでいるのってなんかヤなんだよ」
「ふーむ……」
 浩太は少し考えて、アンプに繋いでいないエレキギターで和音を弾き始めた。
「キライー、キライー、Love You〜」
「誰がー、誰が、Can't be alive without you〜」
 一度バンドで合わせた曲だ。原曲と違ってやたらゆっくりなテンポだが、美紀もすぐに合わせて歌い始める。
「知らないわ、そんな魔法、想いは伝えたら壊れちゃう」
「アナタとは、違うから、人の心まで簡単に、盗まないで」
 ギターの和音で締める。
「……兄貴、これ歌いたくなっただけだろ」
「歌ってみたら全然今の状況と関係なかったな」
「っの野郎……!」
 はっはっは、と快活に笑った。
「人が真面目に話してるってのに……」
「一緒になって歌ったくせに」
「…………」
「しかし、真面目な話、状況を変えたいのか?」
「んー……うん」
「じゃあ押し倒せよ」
「っだから真面目な話をだな――」
「いや、真面目な話。俺も寛美に押し倒されたし」
「……マジで?」
「おう、マジで。わりと前だけどな」
「どんな状況だったんだよ」
 浩太はその時のことを思い出すように、少し間を取った。
「ここで、ベッドに並んで座ってギャラクシーエンジェル見てたら3巻が終わったとこで急に押し倒された」
「何なんだよその状況!突っ込みどころ多すぎてどうしたらいいのかわかんねぇよ!」
「順番に突っ込めよ」
「なんでギャラクシーエンジェル見てて押し倒すとかになるんだよ」
「そりゃ寛美に訊けよ、俺が押し倒したんじゃねーんだから」
「で?」
「どうした急にって訊いたら」
「うん」
「コクられた」
「まだ付き合ってなかった頃かよ!」
「でなきゃお前の参考にならねーだろうが。なんで俺と寛美のラブライフをお前に語ってやんなきゃなんねーんだ」
「いやそりゃそーだろうけど……」
「それで今や大学内ベストカップル賞だ」
「ちょ、ちょっと待て、なんでお前彼女でもない女の子部屋に連れ込んでアニメ見るんだよ!」
「いや、あいつギャラクシーエンジェル見たことないっつーから」
「貸せばいいだろ!」
「あいつんち VHS のデッキねーの」
「…………なるほど」
 美紀は突っ込み疲れてぐったりとベッドに突っ伏した。
「うあー、どうしよー」
「テメェ、お兄様の実体験に基づくナイスアドバイスは華麗にスルーか」
「いくらオレでもそんな異常者と同じ手段は取れねぇ」
「誰が異常者だ誰が」
「いろいろ間違いすぎだろうが!」
「どこがだ。あいつは俺があいつのこと気に入ってるのわかってて一番確実だと思うようにやったんだろ?お前もそうすりゃいいだろうが」
「それはまぁわかるけど、だからそこでどうして押し倒す一択なんだよ」
「俺から見りゃそれが一番確実だ。ちなみに押し倒して耳元でささやくのがベストだな」
「ほんっとに兄貴から見てそれがベストなんだな!?」
「ベストだ。断言する」
 重々しく頷いて、浩太はギターを構えた。
「一万年と二千年前からあ・い・し・て・る〜」
「……ほんっとに考えたんだろうなお前」

+with the song [魔理沙は大変なものを盗んでいきました] by IOSYS
+and [創聖のアクエリオン]+

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2008年04月14日

号令を鳴らすのはギター

「なー、兄貴。オレどうすりゃいいんかなぁ」
「何がだよ」
「雅[みやび]のこと」
 浩太はギターを抱えたまま、ベッドに寝っ転がった美紀の方を見た。
「何かしなきゃいけねーのか」
「んー……いや別にしなきゃいけないってわけじゃないんだけどさ。このままこう、どこにも落ち着かない感じでいるのってなんかヤなんだよ」
「ふーむ……」
 浩太は少し考えて、アンプに繋いでいないエレキギターで和音を弾き始めた。
「キライー、キライー、Love You〜」
「誰がー、誰が、Can't be alive without you〜」
 一度バンドで合わせた曲だ。原曲と違ってやたらゆっくりなテンポだが、美紀もすぐに合わせて歌い始める。
「知らないわ、そんな魔法、想いは伝えたら壊れちゃう」
「アナタとは、違うから、人の心まで簡単に、盗まないで」
 ギターの和音で締める。
「……兄貴、これ歌いたくなっただけだろ」
「歌ってみたら全然今の状況と関係なかったな」
「っの野郎……!」
 はっはっは、と快活に笑った。
「人が真面目に話してるってのに……」
「一緒になって歌ったくせに」
「……」
「しかし、真面目な話、状況を変えたいのか?」
「んー……うん」
「じゃあ押し倒せよ」
「っだから真面目な話をだな――」
「いや、真面目な話。俺も寛美に押し倒されたし」
「……マジで?」
「おう、マジで。わりと前だけどな」
「どんな状況だったんだよ」
 浩太はその時のことを思い出すように、少し間を取った。
「ここで、ベッドに並んで座ってギャラクシーエンジェル見てたら3巻が終わったとこで急に押し倒された」
「何なんだよその状況!突っ込みどころ多すぎてどうしたらいいのかわかんねぇよ!」
「順番に突っ込めよ」
「なんでギャラクシーエンジェル見てて押し倒すとかになるんだよ」
「そりゃ寛美に訊けよ、俺が押し倒したんじゃねーんだから」
「で?」
「どうした急にって訊いたら」
「うん」
「コクられた」
「まだ付き合ってなかった頃かよ!」
「でなきゃお前の参考にならねーだろうが。なんで俺と寛美のラブライフをお前に語ってやんなきゃなんねーんだ」
「いやそりゃそーだろうけど……」
「それで今や大学内ベストカップル賞だ」
「ちょ、ちょっと待て、なんでお前彼女でもない女の子部屋に連れ込んでアニメ見るんだよ!」
「いや、あいつギャラクシーエンジェル見たことないっつーから」
「貸せばいいだろ!」
「あいつんち VHS のデッキねーの」
「……なるほど」
 美紀は突っ込み疲れてぐったりとベッドに突っ伏した。
「うあー、どうしよー」
「テメェ、お兄様の実体験に基づくナイスアドバイスは華麗にスルーか」
「いくらオレでもそんな異常者と同じ手段は取れねぇ」
「誰が異常者だ誰が」
「いろいろ間違いすぎだろうが!」
「どこがだ。あいつは俺があいつのこと気に入ってるのわかってて一番確実だと思うようにやったんだろ?お前もそうすりゃいいだろうが」
「それはまぁわかるけど、だからそこでどうして押し倒す一択なんだよ」
「俺から見りゃそれが一番確実だ。ちなみに押し倒して耳元でささやくのがベストだな」
「ほんっとに兄貴から見てそれがベストなんだな!?」
「ベストだ。断言する」
 重々しく頷いて、浩太はギターを構えた。
「一万年と二千年前からあ・い・し・て・る〜」
「……ほんっとに考えたんだろうなお前」

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+and [創聖のアクエリオン]+

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2007年10月27日

手を伸ばす理由

「どうして人を傷つけたりするんですか?」
 初めて啓司さんに会ったとき、そう訊いた。自分の力が通じない私を面白いと思ったのだろう、啓司さんはまだ制服を着ていた私の質問に答えてくれた。
「食事みたいなモンだ」
 その時の私はその意味が理解できなかった。朝は二日酔いでフラフラなのに、その日の夜にも酔っぱらって帰ってくる父親を思い出して、ああいう悪癖の極端なものなのかと考えていた。
「楽しいんですか?」
「時によるな。お前も飯食ってる時いつもいつも幸せだとは限らないだろ。マズいもんに当たることもあるし嫌いなもの食わなきゃいけないことだってある」
「……ええ、まぁ」
「いい具合に苦しんだり憎んだりされるといいんだがな。たまに間違って変なのに当たると、そういう感情が少なかったり中途半端だったりで不味いこともある」
 ここまで説明されてなお、私はあの人にとっての『人を傷つけること』がどういうことなのか、よくわからずにいた。
 ただ、私が好きだった先輩をあの人のナイフで刺した時、啓司さんは信じられない、という表情の彼を見て楽しそうな顔をしていた。その後何日か経って私より年上の女の人を誘い出した時は、どちらかといえば義務的であまり楽しそうには見えなかったから、何か差があるんだろうな、という程度には理解できた。

 板の間を踏むわずかな音で我に返った。あの時のナイフを右手に持って、広い和室の片隅にいる。足下に倒れているヤクザのおじさんの手から拳銃を抜き取ると、床に飛び散った血を踏まないように移動して、少し気後れしたが床の間に上がった。ぼんやりしていたのはどれぐらいの時間だっただろう。最初に部屋に飛び込んだ時は、部屋に集まっていた10人をいかに逃さないかに集中していたのに、最後の1人が口にした「どうしてお前みたいな――」という一言で、少し昔のことを思い出してしまった。
 足音が1つでないことはすぐにわかった。床の間の隅にぴたりと身を寄せて、ナイフを鞘に収めると拳銃を両手でしっかりと握った。相手も部屋の中が静かなことを警戒しているはず。ふすまを開けた瞬間に、事故を覚悟で掃射してくる可能性もあった。
 足音が止まった。おそらく3人。広間のふすまの向こう、両端と真ん中にそれぞれいる。少し間があって、ふすまが一斉に開いた。怒声と共に拳銃を構えたおじさんたちが飛び込んできた。部屋中に転がった死体と猛烈な血の臭いに一瞬体が強ばった。そこを狙う。
 消音器のついた拳銃は、細っこくて背も低い私には似つかわしくない暴力的な力で3人の頭に穴を開け、命を吹き飛ばした。自分たちの銃を使うことなくあっさり倒れ伏した3人を見ても、喜びも悲しみも特にない。恐れや畏れは啓司さん以外に感じなくなって久しい。
 そのまま床の間の陰で待っていたが、後からやってくる気配はなかった。警戒しながら、そっと床の間を降りて死体の1つに近づく。啓司さんの指示どおりに、組長と呼ばれていたおじいさんの手から指輪を全て抜き取って巾着袋に入れた。一緒に、そばに転がっていたはんこも放り込む。もう1人、組長と取引をしていたらしいおじさんのはんこと万年筆も入れる。この袋を持ち帰るのが私の一番の仕事だ。
 そろそろ弾切れしそうな拳銃を後から入ってきた3人のものと交換して、啓司さんと合流しようと広いお屋敷をうろうろしていると、部屋の1つで人の気配がした。周囲を警戒しつつ、ドアを思い切りけり開けた。銃を構えて急いで部屋に入る。
「きゃあぁぁ!」
 悲鳴を上げたのは、私と同じくらいの年格好の女の子だった。
「な……何よあんた?何があったっていうの……」
「ここの娘さん?」
 私がドアを閉めてちらりと彼女の方を見ると、彼女は涙目でこくこくと頷いた。拳銃の音はほとんどしていなかったはずだが、外で飛び交う怒号におびえているのだろう。柔らかそうな丸みをおびた体が細かく震えていた。
 和室なりに女子高生らしく飾られた部屋を見回し、クローゼットの中を確認して、私は銃を下ろした。それを見て、彼女が泣きそうな声で訊いてきた。
「ねえ……あなた誰……?なんでそんなの持ってるのよ……」
「私は零。ここで今日、この組と隣の三紅組の組長同士が会うからまとめて始末するように命じられたの」
「……!誰がそんなこと……」
 淡々と言った私に、彼女は目を見開いた。
「この辺のヤクザはたちが悪いから、2、3個つぶして様子を見る、らしいわ」
「そんな……何かの実験みたいな……どうして?どうしてこんなことするの?」
 彼女の目に溜まっていた涙が、ついにこぼれ落ちた。
「みんないい人なのに……どうして簡単に傷つけたり殺したりできるの!?」
「人間は多かれ少なかれ破壊衝動を持っているわ。普通の人はそれを理性で抑えられる。でもここにはその理性が少ない人が集められているのよ。怒った時に、普通の人なら我慢するところで簡単に弱い人を殴りつけるような人の集合。普段いい人であるかどうかは別としてね。だから、自分が同じ目にあっても文句を言う筋合いじゃないわ」
「そんな……それにしたって酷すぎるわよ!」
 彼女を抑えていた、恐怖から来る理性が外れたのだろう。やおら立ち上がると、片手に銃を提げたままの私の両肩を掴んで揺さぶった。
「返してよ!私の家族返して!」
「それは無理よ。人は死んだら生き返れない」
 こんな時、啓司さんならどうするだろう、と考えた。おそらく、もっと深く彼女を傷つけてから、そのまま放って帰るだろう。自分を恨ませて、何らかの形で追いすがってくるのを待つのだ。でも私は恨まれても特にいいことはない。
 だから、責めていたはずの私の体にすがりつくようにして泣いている彼女の背中を優しく撫でてやってから、腰のナイフを抜いて頸動脈を一息に切り裂いた。

 啓司さんは私の報告を聞いて、お前は憎まれる必要がないんだな、と言った。私は何度も自問してから、頷いた。私と啓司さんが最も違うのは、そのことだ。私の体は啓司さんのようにはできていない。その思いが通じてしまったのか、啓司さんは私の頭を撫でてくれた。私は我慢できずに、その手をそっと取って何度も口づけた。

posted by alohz at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]悪魔と虚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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