2009年02月22日

とあるお見合いの席

 和室に正座する若い男女。
 女性は両親に挟まれ、男性は父親と叔母に挟まれて、向かい合っている。
「あの、ご趣味は……?」
 男性が切り出す。女性ははにかみながら返す。
「ネット動画を少々……」
「ほう。いいご趣味ですね、どの辺りをよくご覧になります?」
「MAD を主に……それから、楽器演奏も時折見ます」
 男性の叔母はそれってどういう……と口を挟みかけた。が、それよりも早く、目を輝かせた男性が答える。
「普通ならなかなか見られないものもありますし、時間を忘れてしまいますね。コメントなどなさるんですか?」
「ええ。その、お恥ずかしながら職人の真似事などしております」
 先刻以上に恥ずかしそうに言う。場にそぐわない単語に両家の親はやや戸惑った視線を交わしている。
「なんと。歌詞ですか?」
「いえ、その……いわゆるコメントの方を……」
「すごいんですね。私はコメントはまったく不調法なもので……」
 男性の賞賛に、女性はそっと笑った。恥じらいの中にもほのかな自負を匂わせる微笑み。
「あら、コメントはなさらないんですか?」
「ええ、見る方に夢中になってしまって。でも、たまに、ですが吹いてみたなどすることもあります」
「まぁ、吹いてみたを?何を演奏されるんですか?」
「クラリネットを少々」
 今度は男性の方が、やや気恥ずかしげな笑みを浮かべる番だ。そしてクラリネット、と口にした瞬間、彼の叔母は自分のターンを敏感に読み取った。
「ええ、明彦君は中学の頃から楽器をずっと演奏されているのよ」
「止してください。そんなに大それたものじゃありませんよ。ただ自分の楽しみでやっているくらいですから」
 叔母の言葉に苦笑気味に答える。それが届いているのかいないのか、女性の方は重ねて尋ねた。
「クラリネットはそれほど多くありませんから、拝見しているかもしれません。どんな曲を上げられたんですか?」
「そうですね、今までに上げたのはサイハテとアストロノーツ、それにちょっと違いますが、芥川龍之介の河童のアレンジとか」
「芥川……あ、にとりですか?」
「そうですそうです」
 曲名だと推察して、ここは引きどころと叔母。親達は怪訝そうな顔で若い二人を見つめていた。女性の母親は、どこでホームセンターの話になったのだろうと眉をひそめた。
「普段はぼかろがメインなんですが、たまに東方にも手を出してまして。特ににとりの唄はアレンジのアレンジなのに結構聴いていただいているみたいですし、職人さんもいらしてましたね。それはにとりが初めてだったんです」
 熱っぽく語る男性に、女性は何かを思い出したような顔をした。
「あの、ひょっとしてその動画、今年の三月頃じゃありませんか?」
「ええ、そうですが、ひょっとして聴いていただいてますか?」
「いえ、それどころか」
 女性の頬がすうっと朱に染まった。
「その職人、きっと私です。月のワルツみたいですごく怪しい雰囲気のはずなのに、優しい音色だったのでびっくりして、何度も聴き返したんです」
「本当ですか?」
「はい。それで思わず、拙い AA を入れてしまいました」
「あれが、貴女だったんですね……ありがとうございます」
「いえ、そんな。貴方の音楽がすばらしかったからです」
 いつしかお互いに頬を染めて、見つめ合う。一言ごとに頭の中に積み上がっていく疑問符を押しのけて、叔母はただ一人、この縁談の成功を確信した。
posted by alohz at 02:39| Comment(23) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月01日

歳末大放出祭

 単に歳末というだけではない。ここのところの景気の悪さはニュースや新聞の中から俺を始めとする中流以下のサラリーマンたちの財布の中にまで浸食してきていたからだろう。近所にあるショッピングモールは、セールのチラシを見てきたのだろう、主婦や家族連れでごった返していた。
「こりゃあ晩飯の買い物するだけでも一苦労だぜぇ」
「でも、冷蔵庫は今朝のめざしで空っぽになったよ」
 うちの小さな主婦の一言に俺はため息で答えた。日々の買い物はこいつが適当にやってくれているが、やっぱり土日のどちらかにはまとめ買いをしたいらしい。
「とりあえず食料品は後回しだ」
「あ、じゃあ3階」
「ん?ワイシャツはまだ買うようなことないだろ?」
「……あたしの下着」
「ああ、そっか。同じフロアか」
 紳士服かと思った。
 結[ゆい]に財布を渡して自分で適当に買いに行かせ、俺は戦場になっているワゴンセールを遠巻きにしながらエスカレーターのそばでぼーっと待っていた。自分の分の買い物が特にないと暇だ。
 大して迷うこともなかったのか、結はわりとすぐに戻ってきた。
「早かったな」
「そう?」
 それでもちょっと髪が乱れている。下着売り場はそれほどでもないと思ったが、それでもこのセールを待ってた主婦どもがたかっているんだろう。特に背の低い結は全力を出さないと通り抜けたりできなさそうだ。
 髪を手ぐしで梳いてやりながら、エスカレーターに向かう。ワゴンセールにたかる人だかりからは、何やら怒声まで聞こえてきた。げんなりしながらそっちに向かう。
「お兄ちゃん、そっち逆」
「ん?」
 結に服の裾を引っ張られてよく見ると、確かに反対だ。わざわざ好きこのんで騒ぎの中に突っ込む気があるはずもない。
「すまん」
 きびすを返した瞬間、ぱぁんと乾いた音がした。一瞬、フロア中の空気が凍り付いた気がした。瞬時に解凍されて、振り返った。人だかりのどこからか鳴った、ように聞こえたのだ。
 もう一度、同じような音がして、ようやくそばにいた奴らが悲鳴を上げた。1人が上げれば一気に連鎖する。そして、それでスイッチが入ったかのように、人の波が動き始めた。
「結!」
 頭に置いていた左手を細い腰に回すと、結もすぐに俺の首にかじりついてきた。その背を右腕で包んで抱え上げ、走る。どこへ?
「まだ銃持ってる……!」
 ささやくような結の言葉が耳に届いて、俺は足を止めて周囲を見渡した。フロア中が一個所に集まりつつある。下りエスカレーターに。
「結、誰かにぶつかっても許せ。あと奴らがこっち向いたら教えろ」
 期待はせずに、それでも声をかけておく。
「うん」
 どちらの方にか、とにかく結は頷いた。それで十分だ。
 客の隙間を縫って、俺はひたすら連中とは違う方に足を運んだ。また銃声が響く。と同時に、エスカレーターの方で新たな悲鳴が上がる。
 撃ち合いをやってる連中の姿を横目で確認した。黒人の兄ちゃんと日本人の兄ちゃん、どっちも女連れで、どっちも相手のことしか見えていない。弾が当たってるのかどうかはわからない。
 阿鼻叫喚が徐々に遠ざかっていく。エスカレーターの周りにこのフロアの客のほとんどが移動したのだ。一部は階段から逃げただろうが、ワゴンが置いてあるのが階段寄りだったからそっちは少数だろう。
 俺はといえば、可能な限りかがんで、向かい合っている2人のほぼ垂直に当たる方向に逃げていた。
 正直背筋が死にそうだが、結が流れ弾に当たったら最悪だ。今は連中との間に服を吊ってるハンガーがあるだけだ。一番近くの棚まで必死で走る。どうにか革靴の棚の陰に滑り込んで、一旦足を止めて深呼吸する。
 もう一度ワゴンの方を確認してから、大きく息を吸い込んで、店員の控え室に駆け込んだ。
「きゃぁっ!」
「ぅわあっ!」
「すまん、ちょっと避難させてくれ!」
 中にいた店員は一様に悲鳴を上げたが、俺が結を抱えていたのがよかったのだろう、すぐに奴が乱入してきたのではないとわかってくれた。
「奥にいてください」
「ありがとう。結、下りろ」
「うん」
 こういう時、結には悪いが結がこういう子でよかったと思う。まともに育った中学生なら泣きわめいてもおかしくない。
 それでも、俺にしがみついていた結は小さく震えていた。下りた結を抱き寄せてやると、がばっとしがみついてきた。奥に移動するのは難しそうだ。諦めて、ドアのそばの壁に背中をつけた。
 店員の1人が恐る恐る俺に声をかけた。
「外は……」
「客はほとんどエスカレーターに避難してる。2階が大混乱だろうな。撃ち合ってる奴らはどっちも弾が体に当たってたから、たぶんそろそろケリがつくだろ」
「そ、そうですか……」
 彼もその他の店員たちも一様に安堵の表情を見せた。
「警察には?」
「連絡しました。もう間もなく着くと思います」
 幾分落ち着きを取り戻した声でそう言って、結に笑顔を見せさえした。一方の結は、それに応える余裕はまるでない。初老の店員には目もくれずに、ひたすら俺を見上げている。ゆっくり頬を撫でてやると、少しだけ腕の力が緩んだが、視線は緩まなかった。

「お兄ちゃん」
「ん?」
 そう声を出せたのは、警察がぞろぞろと来始めてからだ。
「どうしてこっちに逃げたの?出口ないでしょ?」
「外に出なくてもよかったからな。撃ち合ってんのはどっちも一般人だったし、サシなら他の連中にわざわざ銃口向けたりしないだろ。どっちかっつーと怖いのは逃げてる奴らだ」
「逃げてる人?」
「怖くて逃げた奴ってのは見境ないからな。倒れた人がいたら遠慮無く踏んでいく。あんな人数に踏まれたら誰でもぺっちゃんこだ」
 警官が控え室に来たので、俺は一旦口をつぐんだ。結もそれに気付いて、視線をドアの方に向ける。
「こっちは……、えー、皆さん怪我はないですか?」
「ないっすよ。こっちはみんなすぐに中入ったから」
「そうか、それはよかった。後で皆さんに事情を聞きたいので、すみませんがここでしばらく待っててください」
 まだ若い警官はそう言い残してばたばたと出ていった。俺は結を両手で抱きしめてやってから続けた。
「大半が逃げたのは下りのエスカレーターだろ?下り階段を全力疾走したら1人や2人は転ぶ。ましてエスカレーターは動いてるしな。それであの人数だ、将棋倒しになるのは目に見えてる」
「だからこっちに……」
「そうだ。俺も一瞬外に出ようとしたけどな、お前のおかげで助かった」
 無表情に話を聞いていた結が、意外そうにまばたきした。
「あたしの?」
「お前の声が聞こえたから、それに気付いたんだ。あん時お前の声が聞こえなかったら俺もあっち行って、下で死んでたかもしれない」
 膝立ちになって結と視線を合わせた。こうすると結の方が少しだけ背が高くなる。
「ありがとな、結」
「……ありがとう、お兄ちゃん。また助けてくれた」
 ほんの少しだけ微笑んだ結を抱き寄せると、いつものようにふわっと抱きしめられた。
「何度でも助けてやるよ。俺の娘だからな」
「うん。お父さん」
「……でも呼ぶ時は兄ちゃんて呼べ」
 結が耳元でくすりと笑った。
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2008年08月31日

彼女は火照った頬を寄せて淡々と告げる

これまでに幾人か、男の方にお仕えしてまいりました。
貴方様と同じようにここに来られた方ばかりです。どの方にも、この身の全てを捧げました。

冷たく接する方、優しくしてくださる方、それぞれでいらっしゃいました。
その方々と貴方様に、大きな違いはございません。

ですが、私の名前を知るまで触れようとなさらなかったのは貴方様、ただ御一人です。
この身だけでなく、私の過去と現在をすべて晒させたのも、貴方様だけでした。

ええ。それだけで、私はすべてを貴方様に握られたのです。
信じていただくつもりはございません。
今の貴方様には同じことでしょうから。

貴方様もここを出て行かれるのですね。
驚いたりいたしません。ここに二年以上留まっておられた方はいらっしゃいませんでした。
お嬢様は泣かれるかと存じますが。素直でいらっしゃいますし、慣れるということのできない方ですから。

私は――。
寂しゅうございます。
私は本来このお屋敷に仕える身ですから、貴方様のお言葉といえど、ここを出ることはできません。
ですが、貴方様が去られてからの日々を想像することなどできません。
今こうして肌が触れ合っているだけで、これほど満ち足りているのですから。

  もし、貴方様がお帰りになった後も私を望むのであれば、どうぞ攫ってくださいませ。)
(間違っても、貴方様に抵抗することなどできません。)
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2006年01月04日

気まぐれ

 土曜日の午後。一週間で一番のんびりした気分になる日。晴れていたから、朝ご飯の片付けを終えてから、いつも通り散歩に出た。
 少し古い一軒家が軒を並べる住宅地を抜けて、川に出る。そこから土手をまっすぐ歩いて線路にぶつかったところで曲がって商店街に入るのがいつものパターンだ。今日も、手入れの行き届いた植木鉢を見ながら川辺に出た。
 平日だとあまり人もいないけど、土曜日には私みたいに散歩をしてる人がいたり、ジャージ姿でランニングをしてるおじさんがいたり、子供たちが土手を転げ回ったりして、結構人がいる。それでも、人の多いところと少ないところはあるもので、ふと気付いたら辺りは静かで、その静けさを背景に、何か楽器の音が聞こえてきた。柔らかくて優しい音色。
 どこかで聴いたような気はするけど、あいにく楽器とかには詳しくないから、何の楽器かまではわからない。いつもはオーケストラとかバンドとか、とにかくいろんな音が混じってる音を聴いてるせいもある。
 これが何の楽器で誰が演奏してるのか、気になって、土手の下の方を見ながら歩いていると、土手の下できらりと何かが光った。思わず駆けだしてしまった。
 そこには、トランペットを構えたお兄さんがいた。

 私がそばに降りていくと、その人は楽器を吹くのを止めてこちらを見た。
「あ、気にしないで、続けてください」
「……いや、気にしないでって言われても……」
 お兄さんは苦笑したが、私が「そばで聴きたいから」と言うと、少し嬉しそうな顔をして、楽譜に向かった。さっきは見えなかったけど、ずっと楽譜を見て吹いていたみたいだった。
 無造作に楽器を構えて、すっと息を吸った。さっきまで聞こえていた柔らかい音が、トランペットから流れ出す。すごく真剣な目で楽譜を睨みながら、ほとんど音を途切れさせずに吹いた。
 低い音を長く伸ばして、たぶんこれで1曲が終わったのだろう、唇を離して大きく息を吐いた。私が拍手すると、お兄さんはちょっと驚いて、それから笑った。
「トランペットって、そんなに優しい音がするんですね。私、もっとすごく大きな音が出るんだと思ってました」
「ああ、そういうのもできるよ」
 そう言うと、私が止めるより早く楽器をすっと構えて、さっきより大きく息を吸った。近所の学校から流れてきたのを聴いたことがある、マーチだった。間近で聴くと、耳がキーンと鳴りそうなぐらいの音量だ。私が耳を塞ぐと、彼はすぐに吹くのを止めてくれた。
「す……すご……」
 まだ少し頭がくらくらする。そんな私を見て、彼は楽器を口から離して、くすくすと笑った。
「マーチとかやる時はこんなん。普段はさっきみたいに柔らかい音出すようにしてるけどな」
「へー……」
「この辺だったら知ってるんじゃない?」
 そう言って楽器を構えると、目を閉じた。息を吸うと、そっと吹き始めた。さっきみたいな大きな音が来るかと思って少しびくびくしていたけど、今度は最初に聴いたような柔らかい音だった。
 楽譜も見ないで演奏しているその曲は、確かに聞き覚えがあった。何年か前に流行ったバラードだ。元々は女性の曲だけど、トランペットの低めの柔らかい音でもすごく自然に聞こえる。それだけ、この人はうまいんだろう。1コーラス吹いて、メロディーが変わった。普通のメロディーと似てるけど違うメロディーを、さっきよりもずっと感情豊かに吹いた。不自然な感じは全然しなかった。
 お兄さんが口を離すまで、私はほとんど息もせずに聴いていた。じっと耳を澄ませていたから、自分が拍手したときに、土手の上からも拍手が聞こえてきたのでびっくりして思わず振り向いた。ジャージ姿のおじさんが、走ってる途中に聴いたのだろう、ひとしきり拍手をして、また走っていった。お兄さんはおじさんの背中に手を振った。
「すごいですね……」
「そうでもないよ。3年もやってりゃこれぐらいで普通」
「本当ですか?あたしでも?」
「真面目にやればね」
 お兄さんは励ますように笑ってくれた。私は思わず笑い返すと、お兄さんに頭を下げた。
「お願いします、あたしにトランペット教えてください!」
 少し待つ。返事はなかった。困らせたかな、と思って、恐る恐る目を上げると、やっぱり困った顔をしていた。でも、できればこの人に教わりたい。この人みたいに吹けるようになりたかった。
「お願いします!」
 もう一度頭を下げた。お兄さんは私の頭をぽんぽんと叩くと、まぁ頭を上げて、と言ってくれた。
 2人で並んで、土手の坂に腰掛けた。
「別に教えるのが嫌だとかめんどいとかじゃないんだけどさ。楽器やるとなると、とりあえず楽器買わないと」
「……そういえば、いくらぐらいするんですか?」
「まぁざっと10万ちょい」
 私は思わず絶句した。10万円なんて、まだ見たこともない。でも、お母さんを拝み倒して何とかしようと思った。ピアノを習ってる友だちもいるし。
「後ね。3年真面目にやればって言ったけど、俺も最初の半年ぐらいは先生についてたんだよ。で、その時期に基礎の部分をみっちりやって、残りの2年半で曲やったりいろんなトランペッターの演奏を聴いて真似したりしてたんだけど」
 一旦そこで言葉を切った。私は真剣に頷いた。
「最初の半年ってのが結構重要でね。そこでしっかりやって基礎を作っておけば後で伸びやすい。伸びやすいんだけど……まず俺がいつまでここにいるかわかんないからさ」
「え?」
「俺元々ここの人じゃないんだよ。先月来たばっかり」
 それを聞いて最初はびっくりしたけど、よく考えたらそうかもしれなかった。ずっとこうやって練習してた人がここに住んでたら、もっと前にどこかで見たことがあってもおかしくない。
「ずーっとあちこち渡り歩いてるからさ。ここもそんなに長くいるつもりはないしね。だからいつまで君を教えられるかわかんない」
「……誰かに追いかけられてるんですか?」
 私は真剣に訊いたつもりだったけど、お兄さんは聞くなり大笑いした。
「いやいや、別に借金取りに追われてるわけじゃないんだけどさ。俺、飽きっぽいんだよ。だからここにいても、3ヶ月とか4ヶ月とか経ってくると別のところに住みたくなるんだよね」
 私は心配したのに笑い飛ばされたのと呆れたのとで少しむくれた。それに気付いてないように、お兄さんは続けた。
「まぁ他にもいろいろあってね。今は大抵1年と同じところにはいないようにしてるんだ」
「……じゃあ、いる間だけでもいいですから」
「いる間だけでいいなら別にかまわないけど……。あ、それと君いくつ?」
「中1です」
「学校に吹奏楽部かオーケストラ部ない?」
「……たぶんあると思いますけど」
「まぁあるだろうな。そこに入りなよ。管楽器は1人でやるもんじゃないからね。俺がいる間は基礎を教えるし、学校で曲の練習したり友だちといろんな話をするのもいい経験になるよ」
 意外なことを言われた。お兄さんは1人で吹いてたし、それでもすごくかっこよかったから、1人で吹く練習をするものだとばっかり思っていた。そう言うと、お兄さんは首を振った。
「俺も別に1人でずっと吹いてるわけじゃないよ?その辺のジャズバーとかで飛び入りで演奏したりするから。そういう時は他に4人か5人と一緒に演奏するんだよ」
「バーですか……」
 なんかすごくかっこいい。プロの演奏家だ。
「この近所にもちっちゃなとこがあって、ここんとこよく出入りしてるんだ。あ、君は出入り禁止な」
「なんでですか?」
「バーは夜しか開いてないし酒飲むところだから18禁」
 まぁ、そう言われてしまうと仕方がない。こっそり行けばいいだろうし。
「ま、それはいいや。それはともかく、人とやるのはいろいろと自分だけじゃわかんないことがわかるからね。せっかくすぐそばにあるんだし、周りも歳近いんだし。使わない手はないよ」
「はい。……って、じゃ、教えてくれるんですか!?」
「ん。いつ卒業になるかわかんないけど、それでよければいいよ。楽器買ったら持っておいで」
「はいっ!」
 私は思いきり叫んでいた。お兄さんはそんな私を見て、笑っていた。
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2005年11月01日

Trick or Treat(書きかけ)

「……なんであいつら、仮装行列なんてやってんだ?」
 圭吾はぼそりとつぶやいた。視線の先には、見知った女子学生たちが夜だというのに連れ立ってぞろぞろと歩いていた。よく見れば、それぞれにマントらしき黒い布に身を包んでいたり、フード付きのローブのようなものを着ていたりする。化粧も、わざわざ顔を青白く見せるように塗りたくっているのが多い。
「今日……あ、ハロウィンじゃないですか?」
「あー、そういや今日31日か」
 傍らの零の言葉に、圭吾もその単語を思い出した。久しく思い浮かべることもなかった言葉だ。
「中学生が仮装パーティーでもやんのかね」
「ミッション系の学校でしたか?」
「……だとしたら結構な皮肉だな。俺が連中を教えてるの」
 そう言ってにやりと笑った。零も意味に気付いて、小さく頷いた。
 誰かが2人の姿に気付いたのだろう、少しざわついてから、何人かが駆け寄ってきた。他の者も手を振っている。零は控えめに手を振り返した。
「先生!どうですかこれ!」
「不健康極まりねぇな。よく作ってあるが」
 真っ先に自分の衣装を見せびらかした愛香を、圭吾はばっさり斬り捨てた。近くで見ると、彼女が結構しっかりと顔を白塗りにしているのが夜目にもよくわかる。回りにいる4人も似たり寄ったりの格好だ。
「これから学校で仮装パーティーなんですよ」
「先生も来ません?」
「学校で?」
「はい」
 学校行事にしては時間も遅いし、日曜だというのにみんな楽しそうな顔をしている。圭吾はそれが意外だった。どちらにしてもついていく気はないのだが。
「悪いな、これから仕事だ」
 そう言って、トランペットのケースを見せると、愛香と隣の加奈は溜め息をついた。
「「いいなー」」
 同じトランペット・パートの2人には、バーで小銭を稼ぐくらいはできる圭吾がうらやましくて仕方がない。自分がそれに遠く及ばないのがよくわかるだけに、余計だ。
「まぁ適当に楽しんでこい。ほら、連中待ってんだろ」
「零ちゃんは?」
「私は先生と行くから」
 いつものことだ。やっぱりね、という反応を見せて、5人は圭吾に軽く頭を下げると友人たちのところに駆け戻っていった。
「……ふむ、適当に脅かすにはちょうどいいネタか」
「お化粧道具、ありませんよ?」
「カボチャ買ってきてくり抜け。スプーンはG'zで貸してもらえるだろ」
「カボチャ……」
 ちなみに現在夜8時半。零の知っているスーパーはどこも閉まっている。八百屋は言わずもがなだ。零はG'zの階段を下りるまで、町の地図を思い出しながら必死で3軒しかないスーパーの閉店時間を思い出していた。

 圭吾がジャズバー「G'z」のレギュラートリオの前で、性格に似合わぬ丸く優しい音を奏でている間に、零は圭吾にもらったナイフでカボチャの底と目玉に当たる部分を切り、スプーンでひたすら中身をほじくり出した。
「零ちゃん、それどうすんの?」
「たぶん、かぶります」
 真顔で応えると、聞いていた客は本気で驚いたようだった。零は頭が小さいから、そこそこ大きめのカボチャなら本当にかぶれてしまう。そして、一心に格闘しているカボチャは、何とかなりそうなぐらいの大きさがあった。
 ステージ上では、零の主人たる男が「My Romance」のソロを吹いていた。目を閉じて、優しく包み込むような音色で、技巧を抑えて音の伸びを楽しむようなフレーズを選んでいた。思わず、客の視線が圭吾に集まり、そして零に戻った。
「……ほんっと似合わないよなぁ、あの音」
「詐欺みたいな奴だな」
 思わず言い合うも、スプーンを動かす手を止めて睨みつける零を見て、口を閉じた。代わりに4つのため息が同時に漏れた。圭吾の本性を知らないジャズファンが、ちょうど終わった演奏に惜しみない拍手を与えていた。

「……それでお前、底に大穴開けたのか……」
「違うんですか?」
「……かぶりたきゃ好きにしろ」
 ステージから降りてきて、ほとんど身をくりぬき終えたカボチャを見ていた圭吾に、圭吾のというより零のファンである親父4人が一斉にブーイングをしたのだ。が、大方の予想に反して、圭吾は本気で驚いた。
「じゃあどうするつもりなんだよそれ」
「銀製のトレイに載せて、中にロウソク入れるんだよ」
「お前にしちゃ信じられんほどまともな回答だな」
「当然っしょ。上から血のりでもぶっかけたらいいムードが出るぜ」
「……前言撤回」
 顔をしかめる良識的な親父たちを尻目に、零は合点がいった、という風に手を打つと、店のトレイを一つ手に取った。銀製のはずはないが、夜道に置いておけば一応鈍色に輝いて見えるだろう。ひょいとカボチャを載せてみた。
「ほう、それなりに」
「……」
 もう一度カボチャを引き寄せて、口元をこりこりとナイフで削る。またトレイに載せて、少し離して見た。小首をかしげて、もう一度引き寄せる。削って、少し離して見る。さらに3回、口元を修正して、満足したように一つ頷いた。
「できましたぁうっ」
 振り向きかけた零を軽くつついて、圭吾はトランペットをケースにしまった。
「あれ、セカンドステージやんないのか?」
「今日はファーストだけ。また明後日な。マスター、楽器預かっといて!」
posted by alohz at 23:31| Comment(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月30日

服喪

もう1年が経ったというのに
もう喪は明けたというのに
彼女は黒のドレスを身にまとい、涙で目元を彩り
そして彼女の俺を見る目は、何も映していなかった

義務感
期待
絶望
それだけで彼女は立っていた
それだけが動力の、自動人形

俺があいつのナイフを見せると
彼女はようやく俺をみとめ、静かに上を向いた


[後書き]
posted by alohz at 17:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月28日

空へ

子供の頃からずっとずっと、高い空を夢見ていた
鳥よりも高く、広い空を泳ぎたかった
私の背に翼があれば、青い空の真ん中で、大きな声で歌うのに

遠く遠くどこまでも見渡して、探し物を見つけに行くの
きっとどこかに落ちている、戒めの鍵を

あれから何年経っただろう?
高い空はまだ遠く、人々の歩く狭い町で眺めてるだけ
私の背に翼があれば、青い空の真ん中で心のままに叫ぶのに

遠く遠くどこまでも見渡して、探し物を見つけに行くの
きっとどこかに落ちている、戒めの鎖
posted by alohz at 02:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月03日

お約束

 ドラマは嫌い。わざとらしくて嫌い。都合がよすぎて嫌い。リアルに感じてしまうから嫌い。

 ゆうべは晴れてて、星がきれいだった。ベランダに出ていたら、流れ星が見えたかもしれない。ベッドから見たら、艶街のネオンみたいに見えた。雨は降ってくれなかった。

 今朝は雨。待望の雨。家にいられるから、少し笑った。出かける人はお気の毒。誰かの涙を全身に浴びに出かけるのだ。また少し笑った。

 昼過ぎに雨は上がった。雨を吸った土は涼しさを一つまみくれる。涙を流し終えて身軽になったから、髪でも切りに行きますか。
posted by alohz at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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