2010年11月01日

古書「影の国」

「いらっしゃい」
 薄暗い店内。石造りの短い階段を降りきらないうちに、奥の方から声がかかった。落ちついてはいるが、まだ若い男性の声だ。
 誰だろう、と奥を見てみると、カウンターの向こうに誰かが立っていた。
「あ、どうも……」
 遠慮がちに答えて、残り3段を下りきった。ぎっと床が鳴る。階段以外は板張りだった。どうにも薄暗いが、昼間の明るい光が店の中まで照らしていた。整然としている、とは言い難い。

 僕がこの街にやってきてからそろそろ2ヶ月が経とうとしていた。幻燈機[げんとうき]を通じて実在しないイメージを具現化する『幻燈[げんとう]』の力がまだ珍しいこの地方では、物珍しさも手伝ってか、駆け出しの僕でも仕事をもらうことができた。
 ただ、ここで請ける幻燈の仕事の中にはすぐにできないものも多くて、最近は空いた時間に街中をうろうろしては資料を探すことが多くなった。
 幻燈に必要なのは、正確なイメージを描き出す構成力と、余計なイメージを混ぜない集中力。
 集中力の方はともかく、この地方にゆかりのない僕には、リクエストされた時にそれが何なのかもわからないことがあった。知っているものでも、正確にイメージするのは難しいことが多い。
 それで、今日も資料になる本を探しにうろうろと街中を歩いていて、『古書 影の国』という小さな看板が目に留まったのだ。

 石段にも廊下にも、隅の方に本が積んである。適当に紐でくくっただけの本がいかにも持ってきただけ、という風に置いてあるところも、あまり店らしくない。
 カウンターの手前にはかごが天井からぶら下がっているが、のぞき込んでみると中に入っているのは果物と野菜の模型。
 カウンターの正面は本棚になっていて、ずいぶん分厚い本がところどころ隙間を作りながら並んでいる。でもその手前、僕が今立っているすぐ右手には、薬棚のような、小さな引き出しを積み上げたような棚が置いてある。
「ああ、そこは上から2段が空いてて、3段目から5段目に絵の具、6段目は鉛筆、7段目が絵筆で、8段目と9段目は栞が入ってます」
 僕が不思議そうな顔で見ていたのが通じてしまったんだろう、さっきの男性の声が教えてくれた。
 声の方を見ると、真っ白なワイシャツに黒いスラックス、というピシッとした格好の男性がカウンターから出てくるところだった。眼鏡をかけているので落ちついて見えるが、思ったとおり、まだ若い。
「本屋さん、なんですよね?」
「元々は、そうですね。最近は私の趣味の物を置いたりお客さんのリクエストに応えたりしてて、段々雑貨屋になってますけど」
 奥の方はもう少し本屋っぽいですよ、と言って、ここからは本棚の陰になっていて奥の方を指し示した。
「あの、この辺りの風俗とか習慣とかを図入りで説明してる本とか、ありますか?」
「この辺りの?」
 彼は意外そうな顔をして、奥の方に歩いていく。僕もそれについていった。
 奥にはランプが下がっていて、オレンジ色の柔らかな光に満ちていた。思ったよりも広くて、喫茶店のようなテーブルがいくつも並び、それを囲むように本棚が並んでいた。
 表の光もうっすらとしか届かない幻想的な部屋の中で、彼は部屋の奥の方にある小さな白い本棚の前にかがみ込んでいた。
「うーん、あ、こちらにどうぞ。この辺に置いてあるのが――」
 僕が小走りに彼のそばに行くと、彼は僕の腰までくらいしかない本棚を指し示して言った。
「この地方に関するガイドブックや古い伝承の本なんですが、そもそもそれほど観光に熱心な地方でもないこともあって、それほど点数はないんです」
「いえ、図入りのものがあれば大丈夫です。ありがとうございます」
 僕は彼がさっきしていたようにしゃがみこんで、本を1冊1冊取り出して中を眺めた。彼はしばらくそばにいたが、気がついたらカウンターの方に戻ったのだろう、いなくなっていた。

 棚の中の本を半分ほど見終わって、僕は思わず立ち上がってのびをした。大した時間でもないのに、体が縮こまってしまった。ふと視線を落とすと、白い棚の上には陶器の人形が、公園で遊んでいるようにいくつも並んでいた。
「いかがですか?」
 声に振り返ると、彼は銀色のトレイにコーヒーカップを載せて、にっこりと笑った。
「いくつかよさそうなのがありました。まだ半分くらいですけど」
「そうですか。それはよかった。これ、サービスです」
「え?あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。新しいお客様はあまり多くないんです。この店」
 彼は音も立てずにコーヒーをそばのテーブルに並べた。どこかのお屋敷か高級レストラン辺りで働いていたんじゃないか、と思うくらい、美しい所作だった。思わずじっと観察してしまったが、彼は気に留めた様子もなかった。
 コーヒーをありがたくいただくことにして、テーブルに座った。そばに買おうと思った本を4冊どんと置く。
 コーヒーを一口飲んでみた。しっかりとしたコーヒーの味が舌に広がり、豊かな香りが鼻をくすぐる。美味しい。
「図解入りの本がご入り用なんですね」
「はい。僕、幻燈師をしてるんです。それで、何かを頼まれた時にすぐにイメージできるように資料が必要なんですけど、他の本屋さんだとあまり売ってなくて……」
 彼は僕の向かいの席に静かに腰を下ろした。
「ほう。幻燈師さんなんですね。この辺りではほとんど見かけないですから、お忙しいでしょう」
「いえ、それほどでもないですけど……」
「かく言う私もまだ幻燈は人づてに聞いただけで、実際に見たことはないんです。あなたがいらっしゃったのなら、そのうち拝見する機会があるかもしれませんね」
 僕はそれを聞いて、さっきの本棚を振り返った。公園のような人形たちはこの辺りで作られた、特徴的なものだ。うろ覚えな部分を確認して、彼の方に向き直った。
 腰から提げた小さな幻燈機をそっと握って、彼の前のテーブルにさっきの人形たちをイメージする。特に印象に強い5つ分。そのイメージが、僕のキューで一斉に実体化した。
「ぅわっ……あれ、これって……」
 彼は急に目の前に人形が現れたのに驚いて声を上げたが、すぐにこの人形に気付いたようだ。本棚の上と同じ配置で並んでいた人形は、ハッと気付いたようにきょろきょろと辺りを見回した後で、ぴょん、と起き上がる。よちよち歩きで整列して、彼にちょこんとお辞儀をしてみせた。
「すごい……これが幻燈……」
 5つの人形はおもちゃを取り出したりボールを蹴ったりしてひとしきり遊んだ後、バイバイ、とそれぞれに手を振って、端から順に消えていく。最後の人形が煙も残さずに消えてから、幻燈機から手を離す。
「お粗末様でした」
「すみません、なんだか催促してしまったみたいで……でも、ありがとうございます」
「コーヒーのお礼です。このコーヒー、すごく美味しいです」
 そう言って、もう一口。

 結局その後は彼と世間話をしただけで店を後にした。また来ればいいと思ったし、また来たいと思った。続きはその時でいい。
 今夜の仕事まではもう少し時間がある。僕は一度家に戻って、買ったばかりの本をじっくりと読むことにした。

+based on the world of [幻燈師シリーズ ボクの創る世界]+

posted by alohz at 00:48| Comment(2) | TrackBack(0) | [短編]ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

尺八してもらったけどありゃたまんねーな!!
ジュパジュパ凄い音させながら吸いつかれて、30秒で発射しちまった(笑)
しかもオレ、女にお任せして寝てただけなのに5マソも貰った件wwww
http://2pzb5ve.jp.takaoka.mobi/
Posted by 吸引力の変わらないただひとつの… at 2011年08月02日 16:08
ここではあなたが物語の主人公です。あなた視点で物語は進行していきます。実際に体験してもらうんです!
Posted by どきんちゃんメール at 2012年02月17日 08:44
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