2008年05月13日

横顔

「えー!?またぁ!?」
「ごめん、あと2週間しかないからさ……」
 電話越しにぶつけた久美の不満の声に、和志は気弱な声でぼそぼそと言い訳をした。目前に迫った連休に旅行に行こうと持ちかけたら、あっさり断られたばかりかデートもお預けと言われてしまったのだ。そうでなくても、今月に入ってから会えたのは一度だけだ。久美でなくても、文句の1つも言いたくなるだろう。
「あと2週間って、先月何か出したばっかりじゃないの?」
「うん。あれは創作のイベント用で、今やってるのはゲームのオンリーイベント用。二次創作だから最初は楽なんだけど、動かし始めるとかえって制約が多くて……」
「そんなん知らないよ。もう、これで何日会ってないと思ってるのよ?」
 久美は嘆きのため息を漏らした。大学の時の後輩だった和志と付き合い始めて4ヶ月になる。その間、和志が趣味でやっている物書きを理由に、月に1回は会うのを断られていた。
「このイベントが終われば冬まで少し間があるからさ、そしたら旅行行こうよ」
「……終わったらっていつよ?」
「12月の初めの週とか。仕事もそんなにきつくないし」
「連休でも何でもないじゃない。金曜の夜から行くの?」
「午後休とか……ダメかな?」
「……考えとくけど」
 和志の上目遣いな声に、久美は思わず口調を緩めてしまう。この声で言われると、大抵のことは許してしまうのだ。和志の表情まではっきり想像できて、目の前にいないのについ目をそらしてしまう。
 そらした視線の先に、買ったばかりの旅行雑誌があった。久々の連休を2人で過ごすために買ってきた本だ。久美は、これではいかん、と自分を奮い立たせた。連休は2人で過ごす。それはもう決定事項なのだ。
「それはそれとして、今度の連休!旅行は12月でいいけど、せめて1日ぐらいあたしのために使ってくれたっていいじゃない」
「うん……じゃ、土曜日の夜ご飯食べに行こうか」
 和志は少し考えてから言った。3日のうち、どれくらいの時間を執筆に使うか、計算したのだろう。が、久美はにべもなく言った。
「ダメ。土曜日は1日付き合ってよね。一緒に見たいものもあるし、お昼しかやってないとこにも行きたいから」
「うーん……」
 断りづらいが断りたい、という響きだ。いつもこれに譲ってしまっていた。でも、今日は譲らない。
「和志さ、あたしのこと好き?」
「好きだよ」
「本当に?」
「うん」
 その言葉に迷いはない。さっきまでの気弱げな響きもない。それは久美もわかっていた。そのまっすぐさは信じていた。だから訊いたのだ。
「でもさ。付き合い始めてから、何回会ったっけ?」
 和志は答えない。
「仕事もあるし、小説書くのが好きなのもわかってる。でもあたしは和志に会いたいの。毎日でなくても、週末ずっとじゃなくても、土日のどっちかぐらい、好きな人と一緒にいたいの」
 和志は頷いた。かすかな声で、久美にもそれがわかった。
「和志はあたしに会いたいって思わないの?彼女のために時間使うのは嫌?」
「そんなことない。俺も久美さんに会いたいよ」
「じゃあ会ってよ。あたしが和志んちに行くから。お昼作ったげるし夜は小説書いててもいいから、土日とも一緒にいてよ」
「……いいの?」
「寂しいんだよ?和志はそんなことないかもしれないけどさ」
 そんな訳ない、と和志は言った。久美もそこまで気にされてないとは思わない。ただ、自分の世界を、打ち込めるものを持っている和志と持っていない久美とが同じ寂しさを感じているはずはない。
 それからしばらくして電話を切った。和志はたぶん、すぐに書き始めているだろう。そして久美は、本を読む。和志が好きだと言っていた本を。
「不公平だわ」
 独りごちた。CD を流して、クッションにぽすんと身を預けた。2、3ページ読んで、ぱたんと閉じた。身を起こしてその本を棚に戻すと、もっと薄い本を手に取った。
 20ページにも満たない、妖精の話。音楽で耳を塞いで、するすると読んだ。和志が書いた本だ。表紙と挿絵は友達に頼んだ、と言っていたが、分量以外はその辺で売っている本と変わらない。
 表紙に描かれた妖精の横顔に、和志の書いている時の横顔を重ねた。パソコンの奥に広がる想像の世界を見つめる、真剣なまなざしを。
「不公平だわ」
 また、独りごちた。

posted by alohz at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]恋愛模様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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