2007年10月27日

手を伸ばす理由

「どうして人を傷つけたりするんですか?」
 初めて啓司さんに会ったとき、そう訊いた。自分の力が通じない私を面白いと思ったのだろう、啓司さんはまだ制服を着ていた私の質問に答えてくれた。
「食事みたいなモンだ」
 その時の私はその意味が理解できなかった。朝は二日酔いでフラフラなのに、その日の夜にも酔っぱらって帰ってくる父親を思い出して、ああいう悪癖の極端なものなのかと考えていた。
「楽しいんですか?」
「時によるな。お前も飯食ってる時いつもいつも幸せだとは限らないだろ。マズいもんに当たることもあるし嫌いなもの食わなきゃいけないことだってある」
「……ええ、まぁ」
「いい具合に苦しんだり憎んだりされるといいんだがな。たまに間違って変なのに当たると、そういう感情が少なかったり中途半端だったりで不味いこともある」
 ここまで説明されてなお、私はあの人にとっての『人を傷つけること』がどういうことなのか、よくわからずにいた。
 ただ、私が好きだった先輩をあの人のナイフで刺した時、啓司さんは信じられない、という表情の彼を見て楽しそうな顔をしていた。その後何日か経って私より年上の女の人を誘い出した時は、どちらかといえば義務的であまり楽しそうには見えなかったから、何か差があるんだろうな、という程度には理解できた。

 板の間を踏むわずかな音で我に返った。あの時のナイフを右手に持って、広い和室の片隅にいる。足下に倒れているヤクザのおじさんの手から拳銃を抜き取ると、床に飛び散った血を踏まないように移動して、少し気後れしたが床の間に上がった。ぼんやりしていたのはどれぐらいの時間だっただろう。最初に部屋に飛び込んだ時は、部屋に集まっていた10人をいかに逃さないかに集中していたのに、最後の1人が口にした「どうしてお前みたいな――」という一言で、少し昔のことを思い出してしまった。
 足音が1つでないことはすぐにわかった。床の間の隅にぴたりと身を寄せて、ナイフを鞘に収めると拳銃を両手でしっかりと握った。相手も部屋の中が静かなことを警戒しているはず。ふすまを開けた瞬間に、事故を覚悟で掃射してくる可能性もあった。
 足音が止まった。おそらく3人。広間のふすまの向こう、両端と真ん中にそれぞれいる。少し間があって、ふすまが一斉に開いた。怒声と共に拳銃を構えたおじさんたちが飛び込んできた。部屋中に転がった死体と猛烈な血の臭いに一瞬体が強ばった。そこを狙う。
 消音器のついた拳銃は、細っこくて背も低い私には似つかわしくない暴力的な力で3人の頭に穴を開け、命を吹き飛ばした。自分たちの銃を使うことなくあっさり倒れ伏した3人を見ても、喜びも悲しみも特にない。恐れや畏れは啓司さん以外に感じなくなって久しい。
 そのまま床の間の陰で待っていたが、後からやってくる気配はなかった。警戒しながら、そっと床の間を降りて死体の1つに近づく。啓司さんの指示どおりに、組長と呼ばれていたおじいさんの手から指輪を全て抜き取って巾着袋に入れた。一緒に、そばに転がっていたはんこも放り込む。もう1人、組長と取引をしていたらしいおじさんのはんこと万年筆も入れる。この袋を持ち帰るのが私の一番の仕事だ。
 そろそろ弾切れしそうな拳銃を後から入ってきた3人のものと交換して、啓司さんと合流しようと広いお屋敷をうろうろしていると、部屋の1つで人の気配がした。周囲を警戒しつつ、ドアを思い切りけり開けた。銃を構えて急いで部屋に入る。
「きゃあぁぁ!」
 悲鳴を上げたのは、私と同じくらいの年格好の女の子だった。
「な……何よあんた?何があったっていうの……」
「ここの娘さん?」
 私がドアを閉めてちらりと彼女の方を見ると、彼女は涙目でこくこくと頷いた。拳銃の音はほとんどしていなかったはずだが、外で飛び交う怒号におびえているのだろう。柔らかそうな丸みをおびた体が細かく震えていた。
 和室なりに女子高生らしく飾られた部屋を見回し、クローゼットの中を確認して、私は銃を下ろした。それを見て、彼女が泣きそうな声で訊いてきた。
「ねえ……あなた誰……?なんでそんなの持ってるのよ……」
「私は零。ここで今日、この組と隣の三紅組の組長同士が会うからまとめて始末するように命じられたの」
「……!誰がそんなこと……」
 淡々と言った私に、彼女は目を見開いた。
「この辺のヤクザはたちが悪いから、2、3個つぶして様子を見る、らしいわ」
「そんな……何かの実験みたいな……どうして?どうしてこんなことするの?」
 彼女の目に溜まっていた涙が、ついにこぼれ落ちた。
「みんないい人なのに……どうして簡単に傷つけたり殺したりできるの!?」
「人間は多かれ少なかれ破壊衝動を持っているわ。普通の人はそれを理性で抑えられる。でもここにはその理性が少ない人が集められているのよ。怒った時に、普通の人なら我慢するところで簡単に弱い人を殴りつけるような人の集合。普段いい人であるかどうかは別としてね。だから、自分が同じ目にあっても文句を言う筋合いじゃないわ」
「そんな……それにしたって酷すぎるわよ!」
 彼女を抑えていた、恐怖から来る理性が外れたのだろう。やおら立ち上がると、片手に銃を提げたままの私の両肩を掴んで揺さぶった。
「返してよ!私の家族返して!」
「それは無理よ。人は死んだら生き返れない」
 こんな時、啓司さんならどうするだろう、と考えた。おそらく、もっと深く彼女を傷つけてから、そのまま放って帰るだろう。自分を恨ませて、何らかの形で追いすがってくるのを待つのだ。でも私は恨まれても特にいいことはない。
 だから、責めていたはずの私の体にすがりつくようにして泣いている彼女の背中を優しく撫でてやってから、腰のナイフを抜いて頸動脈を一息に切り裂いた。

 啓司さんは私の報告を聞いて、お前は憎まれる必要がないんだな、と言った。私は何度も自問してから、頷いた。私と啓司さんが最も違うのは、そのことだ。私の体は啓司さんのようにはできていない。その思いが通じてしまったのか、啓司さんは私の頭を撫でてくれた。私は我慢できずに、その手をそっと取って何度も口づけた。

posted by alohz at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]悪魔と虚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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