2005年06月25日

新たな一歩

 最寄り駅の駅前広場。小型の発電機にアンプを繋ぎ、抱えた楽器から伸びるシールドがそこに入っている。足元にはラジカセが置いてある。立っているのは、髪の長い少女と、大人しそうな少年。少女は立ち、少年は椅子に座っている。
 少女は、ギターのような楽器を抱えていた。近づいてよく見ると、弦は5本で太い。エレキベースだった。少年は開いた足の間にボンゴを挟んでいる。それぞれに音を確かめるように出して、少女がアンプの音量をいじった。また音を出して少年の方をうかがった。少年が頷いて、少女も元の位置に戻った。
 いつもなら気にせず通り過ぎるところだが、私は足を止めて二人の準備を見守った。譜面台に載ったスケッチブックに、バンド名なのか「tail」と大きく書いてある。バンド名の下に、19.00開始、と書いてあるのを見て、腕時計を見た。あと2分。
 スケッチブックの下にS字フックで吊ってあるチラシを取った。少女が気付いて「もう少しお待ちください」と言ってくれたのに頷いて、中を見た。名前、パート、バンド名、バンドの成り立ち、ライブの日程。バンドの成り立ちのところで、目が留まった。2人の方を見ると、ちょうど準備が終わったところのようだった。ベーシストとドラマー。2人だけのバンド。

 少年がラジカセを回す。スピーカーからエレキピアノの和音が流れ出す。2人は視線を合わせて、同時に入った。5弦ベースでスラッピングし、延々繰り返される4つの和音にグルーヴをつける少女。素手で確実にリズムを刻み、時にソロのようなフレーズを叩き出す少年。
 私の知っている2人の音とは似ても似つかないサウンドに、驚きと共に聴き入った。2人が音を止め、ラジカセからの音も止まる。拍手は私1人だけではなかった。少女が落ち着いた低めの声で、口上と曲目を言った。そして、今度は少年のフリービートのソロに、ラジカセのシンセ音が合わせ、少女の指弾きの高音フレーズがメロディーを奏でる。誰かが感嘆のため息を漏らした。
 少女のお礼の言葉と共に2人揃ってお辞儀をして、30分ほどの路上ライブは終わった。2人はケースを置いていなかったが、数人が近寄って、小銭を渡していく。私も少年にコインを渡して、「ずいぶん雰囲気が変わったね」と言った。私の言わんとしていることがわかったのだろう、少年は嬉しそうに笑った。
「元々僕はこういう音楽やってたんです。前のバンドやってた時にも、こういうファンク系の曲やってたんですよ」
「へぇ。聴いたことない……し、想像できないな」
 彼らの前のバンドは純粋なハードロックだった。メンバーもサウンドも、ハードロック一筋にしか見えないほどに。そう言うと、彼は「そうでしょうね」とまた笑った。
「表ではやってませんでしたから。あくまで練習の1つでしたからね」
 意外だった。他ジャンルの曲を『練習の1つ』でやるというのは、私の知識にも印象にもない。
「そういえば、次のライブも2人でやるの?」
 当たり前のことだ。彼は笑顔を絶やさずに頷いた。
「もしお時間がありましたら、ぜひいらしてください。前とは違うってことがわかると思いますよ」
「楽しみだね。都合つけて、行くよ」
 お礼を言う彼に挨拶をして、私はその場を辞した。振り返ると、手早く機材を片付けている2人の姿が見えた。少年の意味深な言葉を思い返した。手元のチラシに書いてある、一番近いライブの日は再来週の木曜日。楽しみだ、と思いながら家路についた。今日は、いつも活躍してくれる iPod の出番はなかった。

posted by alohz at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]音楽的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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