2005年02月26日

夜明け前の少女

夜明けは近かった。
今はまだ、家の中では自分の手の形がうっすらとわかるぐらいだ。
かち、かち、と壁に掛かった時計が秒を刻む。
一晩中、それを聞いていた。
毛布に座り、膝を抱えたままで。

ラジオから聞こえてきたのは、母国語で語られた、祖国への攻撃宣言。
王に投降を求めるそれは、子供の私が聞いても、宣戦以外の何者でもなかった。
国軍兵の父が、ぎり、と歯を食いしばったまま何も言わなかった。
普段は陽気な人なだけに、その思いがどれほど深いものか、想像もできない。
父は、祖国を愛している。
私も、祖国を愛している。
今、祖国は外国の軍隊に攻められ、踏みにじられようとしている。
毎日のように伝えられるわずかな報道から、知っていた事だ。
しかし、この夜明けが血と爆弾の嵐を呼ぶのであろう事を、私は初めて実感した。
ぞくり、と背筋が冷えた。
思わず呟いた神の名は、部屋の隅っこに転がった。

王が悪い、と外国人は言う。
それが本当なのかそうでないのか、学校もまだ出ていない私にはわからない。
私にとって「悪い人」は、他人を傷つける人であり、物を盗む人であり、他人をだます人だ。
王がそうなのか、そうでないのかは、王に会った事もない私にはわからない。
ただ、こうして丸くなって夜明けを待っている私の上に、その王を倒そうとする兵隊が爆弾を落とすかもしれない。
それは、王が悪いせいなのか、外国人が悪いせいなのか。
わからない。
ただ、これだけは言える。
私は、私の家族は、悪い事はしていない。

膝を抱いた私の腕が青白く染まった。
膝頭につけていた額をそっとはがし、目を上げた。
夜が、明ける。
『今日』が始まる。
青空の下に、嵐が来るのだ。
私は固まりしびれきった足で立ち上がり、台所に行った。
口にした水は、それが最後の一口かもしれない事など知らないかのように、いつも通りぬるかった。

連作:「夜明け前の兵士

posted by alohz at 15:26| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]日常の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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