2004年10月01日

図書館

 わたしが扉の前に立つと、石とも金属ともつかない、重そうな扉は音もなく左右に滑り、わたしのために道を空けてくれた。踏み込むと、冷たい空気にすぅっと体を包まれた。

……こんなとこなんだ、ここの図書館って

 故郷の街の図書館と違って子供の声がしない。さわさわとかすかなざわめきがするが、その言葉ははっきり聞き取れるほど大きくない。書架の方からは足音が少し聞こえる。中に入ると、すぐ左手にカウンターがあった。この大きな図書館には不釣り合いな、小さなものだ。眼鏡をかけた男性と小柄な女性が座っている。その背後には大きな大きな棚がある。引き出しは手のひら1つ半ぐらいだから、あれは検索カードを収めてあるのだろう。幅はカウンターと同じぐらいで、高さは私の背丈の3倍ぐらいだろうか。奥行きは正面からだとよくわからない。
 右手の方に書架が延々と並んでいる。座席は書架の間に1つ見える。あとは正面だ。やはり、広い。

初めての方ですか?

 柔らかい女性の声がわたしにかけられた。振り向くと、カウンターにいた女性の司書さんがわたしにほほえみかけていた。

……ええ。ここは広いんですね。

 わたしがそう言うと、彼女は軽くうなずいた。
 何か手続きでも必要なのだろうか。そう思ってわたしは彼女に近づいた。

……何か、登録とかいるんですか。

 彼女は一瞬、きょとんとしたが、すぐにまたほほえみを浮かべた。

いいえ、特に必要なことはありませんよ。初めてでしたら館内をご案内いたしましょうか?

 今度はわたしがきょとんとする番だったが、すぐに元の表情に戻して言った。

……いえ、自分で見て回ります。時間はたっぷりありますから。

 そう言う人は他にもいるのだろう。気分を害した様子もなく、それではごゆっくり、と言って、自分の仕事に戻った。手元に散らばったカードに台帳を見ながら書き込んでいる。検索カードは手書きなのか。思わず彼女の後ろにそびえ立つ――近くに立つと本当にそびえ立っている――カード棚を見上げた。気が遠くなりそうだ。
 ゆっくりと書架の間を歩いていく。しんと静まり返った書架の間で、時々立ち読みをしている人がいる。書架に並ぶ背表紙は装丁も言葉もばらばらだ。わたしには大半が何の本やらわからない。一応書架ごとに分類記号とその内容が掲示されている。
 わたしは書架の森を歩き続けた。人種も年もそれぞれな人々がそれぞれ自分の世界の中で本を読んでいる。書架は永遠に続くかと思えるほどひろかった。そしてその大半を書架が、すなわち本が占めているのだ。わたしの心は少し高揚した。

……ここなら。

 そう、ここならわたしの読みたい本はきっと見つかる。何しろここには地上の本は何でもある、天界に唯一の図書館なのだから。
 ようやく目当ての書架にたどり着いたわたしは、自分にもわかる言葉の本を1冊棚から出した。特に選んでなどいない。私に与えられた時間の枷は既にない。望む限りの時間を私はこの図書館に費やすことができる。わたしは近くの空いた机につくと、かつては手にすることもできないと思っていたその本を、開いた。

posted by alohz at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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