2004年06月18日

僕たちのスタイル

 いつもの喫茶店で、俺と泰治はいつもより難しい顔で向かい合っていた。視線は合わない。泰治は目を閉じて、イヤホンから流れてくる音に集中し、俺はそんな泰治の一挙一動に集中していた。
 段々と気温が上がっていく季節になっても、この店は変わらずに適温に保たれている。そして、他にほとんど客のいない店内は、不思議な静けさがある。耳を澄ませば、わずかに BGM が流れていることがわかるのだが、意識しなければ無音なのだ。よく音を聴いて話をする俺たちが、別にうまいコーヒーが出るわけでもないこの店に入り浸っているのは、この静けさの為だ。
 腕を組んで微動だにしない泰治を前に、俺も動かなかった。頭の中で、泰治が聞いているであろう音を再生し、表情の変化を見ているのだ。たまにわずかに表情が変わる。大抵そこは、作曲した俺自身が特に自信があったり無かったりしたところなのだから、俺はこいつの耳を信頼している。
 メモリースティックに入れておいた4曲が終わると、泰治はゆっくりと目を開け、組んでいた腕を解いた。
「どうよ」
 平静を装って訊いた。実際はかなり不安だ。泰治は少し言葉を選んでから言った。
「かなり良い、と思う。今回はアレンジというか、スタイル似てるね」
「ああ、たまたま合ったんだ。そういう時期なのかな」
「時期なんてあるの?」
 適当に言ったことをまじめに訊き返されて、俺はさあ、と肩をすくめた。泰治は曲を作らないのだ。俺は曲を作るようになって結構長いが、作る曲のジャンルはバラバラなのが常だ。今回のように、ほとんど全部同じスタイルというのは確かに珍しいが、別に理由があるわけではない。
 とにかく、泰治の高評価に気をよくしたが、泰治は、でも、と付け足した。
「なんか、何となく Kraftwerk の音に似てる気がする。アレンジをかなり考えないといけないね」
「‥‥なんで?」
 さっきの泰治のように、素朴な疑問をそのまま口にする。泰治は心底意外そうな顔をした。
「確かに最近よく聴くからそんな音がするのも無理ねーけどさ。別にパクったわけでもなし、全く同じってわけでもなし、良いんじゃない?」
「‥‥そうかな」
 反論こそしないが、納得したわけでもないらしい。
「質が低いんなら没っちゃうけど。これとこれが同じに聞こえる、とか」
「あ、そんなことはないよ。質もそこそこ高いし、ちゃんと曲ごとにイメージが違う」
「じゃ OK じゃん?」
 泰治はなんとなく腑に落ちない様子で、それでも頷いた。頷いてから、慌てて言い足した。
「あ、個別に修正点はあるよ?楽譜があったら印するけど」
「ああ。えーっと‥‥」
 俺は苦笑しながら、鞄から楽譜を出した。さすがにただでは通してもらえないらしい。

 印刷した時より幾分黒くなった楽譜を置いて、すっかり冷め切ったコーヒーの代わりを頼んだ。
「思ったより少なかったな」
「そう?」
 それでも1曲に5、6カ所は変更、ないし気になった点が書き加えられている。かえったら、今付いた修正点を直せるだけ直して、パート毎の譜面を作らないといけない。
「‥‥で、アレンジはどうする?このまま行くならそれで打ち込み始めちゃうけど」
「うーん‥‥正直、曲自体は良いんだけど、こうも似てる時になるんだよね。少し、なんていうか、クラフトっぽくない感じにした方がいいと思う」
 泰治は少し遠慮しながら、自分の意見を口にした。俺は少し考えてから、あまり感情的に聞こえないように反論した。
「俺はできれば、細かいところはともかく、大筋としてはこのイメージでやりたいんだ。なんつーか、こういう形で出てきた曲だしさ、他の形にアレンジすると、たぶん違和感を感じると思う」
「‥‥それは確かに」
 泰治が頷いたので、俺は次の言葉が来ないうちにと、すぐに話し始めた。
「それにさ。俺たち素人ミュージシャンは、別に新たなスタイルを創らなきゃいけない訳じゃない。俺らに必要なのはさ、既存のスタイルを一捻りして個性を出す、その一捻りのセンスじゃねーか?」
 俺が一息吐いても、泰治はまだ考えて込んでいるような顔で口を開かない。届いたばかりのコーヒーを二口ばかり飲んで、ようやく話し始めた。
「でも、それじゃ僕らである必要なんてないでしょ」
「だから、それをあるようにするのが一捻りなんだって。大体ごく一部の天才を除いて、音楽自体、そうやって進化してきてんだ。で、俺らは別に天才じゃない」
 泰治が再び考え始めたので、俺はとどめを刺すようにいった。
「でなかったら、Green Day が他のロックバンドと同じ8ビート叩いてるってことは、Green Day である必要がないってことになる。でも、Green Day は Green Day じゃなきゃーいけない。違うか?」
「‥‥なるほどね」
 泰治は考え込むのを止めて、コーヒーをすすった。カップの奥に見える口には、苦笑いが浮かんでいた。
「確かに僕らは天才じゃあないね。なんたって‥‥」
「?」
 次に何を言い出すのかと疑問符を浮かべた俺に、泰治は手にしたコーヒーカップを示した。
「毎日コレ飲んでるんだもんね」
 俺たちは、店主が奥に引っ込んでるのをいいことに、2人で大笑いした。

posted by alohz at 02:30| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]音楽的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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