2004年06月11日

正義の戦士

 国中が喜びに沸いていた。長く太陽を押さえつけていた魔王の消滅は、星明かりのみが天を照らす暗闇に閉じこめられて十年を数えるこの国にとって何にも代え難い喜びであった。
 誰もがそのニュースを聞いた時にはにわかに信じられず、昼も夜も変わらぬ星空の中で噂だけが広がっていった。そして東の空がほのかに明るくなった瞬間、驚きと喜びが国中を埋め尽くした。
 だが、もちろん民衆は誰が彼らに太陽をもたらしてくれたのかを知らない。誰からともなく、半年ほど前に忽然と現れ、一夜を過ごしたきりで消えていった少年たちのことが話題に上り、やがて彼らこそが魔王討伐を成し遂げた勇者たちであるということになった。
 しかし、日の出を何度数えても、人々の前にその少年たちが現れることはなかった。周辺の国々から来た人々も知らなかった。
 そして彼らは、伝説となった――。

 というのがライトゥーム王国での通説である。が、勇者たちは消えたわけではなく、また別の一説にあるように魔王と差し違えたわけでもなかった。彼らはライトゥームとの通商のない自治都市メルクートに流れ着いていた。そこはまた、魔王の砦のあった地に最も近い町でもあった。
「では、我らが太陽とそれを取り戻して下さった勇者殿に、乾杯!」
「「乾杯!」」
 ここはメルクートの自治会館、他国で言えば王宮に当たる。議会や主な役所の集まっているこの自治会館は市政に近い者を中心に人で埋まっていて、その中心にいるのは、魔王を倒した勇者たちであった。
 久しぶりの日の出を見てから2日後、いつ倒れてもおかしくないような状態で現れた勇者たちは、たまたま近くにいた町人によって診療所にそのまま運び込まれた。そしてそれから5日が経ち、幸運にもその診療所に集まった4人の魔法医の手厚い看護によってようやく傷が癒えたので、1週間に当たるこの日、ついに町を上げての祝賀会が開かれたのである。メインストリートにはいつもの倍の灯りが点され、屋台を出す者、芸をする者と、町中が祭りのような雰囲気に包まれた。
 その中心にある自治会館では、勇者の称号を自然と与えられた剣士アレスを初めとする一行が、酒宴の輪のど真ん中で人々と言葉を交わし、杯を鳴らし合った。周辺の自治都市群で最も上質とうたわれたメルクート弦楽団の奏でる美しい調べを耳にしながら、誰もが1週間の間少しも減ることのなかった太陽を再び得た喜びに酔っていた。

 その自治会館の裏手にある公園。会館と表通りの灯りにうっすらと照らされ、ほんのかすかに弦楽器の音が届くその公園に、大柄な人影が1つ現れた。酒の壺を片手にふらふらと歩いてきたのは、今日の主役の1人であるはずの女戦士クリスだった。別にこの公園でなくてもよかったのだが、たまたま人気のない方へない方へと歩いてきたらここに行き着いたのだった。
 そこここに置かれたベンチの1つにどかっと腰を下ろすと、手に持った酒壺を直に口にした。中に入っているのはアルコール度の高い火酒である。普段なら水で割って飲むそれをストレートで飲み込んだが、それでもクリスの心を軽くしてはくれなかった。ため息をついて、アルコールと心の澱[おり]を一緒くたにして外に逃がす。
 1週間前には魔物たちの放つ炎や衝撃波を散々受けたために血にまみれ醜く腫れ上がっていた顔は、魔法医たちの治療によって元の怜悧な美しさを取り戻していた。焼けこげた髪もメルクートの美容師によってきれいに切り整えられた。しかし割り切れない思いがその美貌を痛々しいほどに曇らせていた。
 酒にどろりと濁っていた目がすっと細められた。気配を殺して近づいてくる者がいると、クリスの鍛え抜かれた感覚が警告したのだ。腰に帯びたままの剣をいつでも抜けるように静かに構え、全身を軽く緊張させる。が、灯りの下に出てきたその正体を見て、クリスの緊張は一気に解けた。
「おいレオン。いちいち気配を消して忍び寄るの、いい加減止めろ」
「へ?おいら普通に歩いてきただけだけど?」
 とぼけた顔で答えたのは、小柄な少年だった。常に肌身離さないふた振りのナイフを腰に差している。彼もまた、クリスと同じく勇者アレスの仲間である。
「そばに来るたんびにいちいちこう緊張させられちゃかなわないわ」
「んなの、クリス姉がこんなとこにいるから悪いんだろ。同じフケるにしたってもちっと明るいとこ行きゃいいのにさ」
「明るいところには人がいるだろうが。あんまりそういう気分じゃないんだ」
 そう言いながらも、クリスは火酒をどけてレオンの座る場所を用意してやった。そのまま一口飲んで、目の前の地面にどんと置いた。それを見て、レオンはあきれ顔で言った。
「まぁたクリス姉、でっけぇ酒瓶パクってきたな」
「いいだろう。他にもまだ何本もあったからな」
 隣に座ったレオンは、クリスの目の高さぐらいの身長しかない。立てばなんとか肩に届く程度だ。これはレオンが悪いのではなく、クリスの背が飛び抜けて高いせいだ。見た目はクリスの方がはるかにたくましいので、2人が並ぶとまるで性別が逆なようにすら見える。
 それでも、戦士のクリスが真っ正面からかかっても倒せないモンスターを、レオンは信じがたいほどのスピードで懐や背後に易々と忍び込んでナイフの一突きで倒してしまう。一介の戦士として、クリスは年も身長も自分より低いこの少年に敬意を払っていた。
「んで、どうしたんよクリス姉。ずいぶんとブルー入ってんじゃん。ようやくゴールに着いたってのにさ」
 そう言って、レオンはひょいとクリスを下からのぞき込んだ。その視線には余計な感情が一切こもっていない。少なくともクリスには、レオンの視線から心配の色すらも見つけられなかった。いつもながら、うっとおしさのない視線だと思う。
「ゴール、か。確かにそうだな」
 魔王を名乗る強大な魔力を持ったモンスターを追い求める、長い長い旅だった。実際に数えてみればほぼ3年ちょうど。魔王を倒すという一心で、信頼できる仲間と出会い、数多くの人に助けられ、何人かの志を同じくする勇者の最期を看取ってきた。
「やることなくなって気ぃ抜けたの?」
「いや……」
 レオンの言葉に首を振った。確かにそれもあるかもしれない。だが、そうではない。
「なあ、レオン。お前、最後の戦いのことどれぐらい覚えてる?」
「最後の戦いのこと?」
 実はクリス自身はそれほど記憶がはっきりしているわけではない。さすがに魔王と相対した時のことは覚えているが、その後魔神の名を冠した斧を手に向かっていってからのことは正直ぼんやりとしか覚えていない。殊に魔王がおぞましい声を上げて倒れた時、クリスは魔王の攻撃を食らって倒れていた。そのまま砦がぐらぐらと揺れ始めたのは何となく記憶にあるが、魔王にとどめを刺したのは誰か、いつどうやって脱出したのか、さっぱり思い出せない。思い出せるのは外に出た後で見た、この世界にとって十年ぶりの夜明けだけだ。
「おいらもそんなに覚えてないよ。戦ってる間は必死だったからさ。一応最後おいらが囮になってアレスに攻撃させて倒したんだけど」
 レオンの記憶もそれほどはっきりしてはいないらしい。ただでさえ戦闘中は集中するあまりに後でよく思い出せないことが多々ある。まして、生死をかけたギリギリの戦いであれば、記憶が飛んでいても不思議ではない。
「そうか。ってことは、あれは覚えてないんだな」
「あれ?」
 クリスの言葉に、レオンは思わず聞き返した。
「あれっつーと何?我らがヒロインがドラゴンになっちゃったこと?」
「違う」
「おいらが最後ダッシュした時に実はこけかかったこととか」
「気付かなかった」
「脱出する時担いだ拍子にクリス姉の胸触ったこととか」
「……何だと?」
「いやごめんうそ」
 最後の一言でクリスの瞳にちょっと危険な色が混じったのを敏感に感じ取って、レオンは素直に謝った。ついでに少しだけ距離を置く。
「んーで、あれって何?」
「アレスの言葉よ」
 クリスは重いものを吐き出すように言った。

 闇の衣、魔王にとって最も大切な鎧を竜の宝玉ではぎ取られた魔王は、何故かこう言った。
「お前たち正義の使徒とあれど、結局は自分たちのために我ら魔族を殺すだけか。それは我らが太陽を求め、醜い人間を殺していくのと何の違いがある?」
 それに対し、勇者は答えた。
「僕は正義のために戦ったことなどない。ただ、この目に映る人々に笑っていて欲しい。僕らの家族や、友だちや、大切な人たちに安心して暮らして欲しい。そのために戦ってきたんだ」と。

「ふーん。そういやそんなこと言ってたなぁ、あいつ」
 レオンはあっさりとそう言ったが、それを聞いてクリスは自嘲気味に笑った。
「そんなこと、か」
 また酒瓶に手を伸ばし、ぐっと飲んだ。
「あたしはずっと正義のために戦ってきたんだ。少なくともそう思ってきたわ。……もしあの時目の前に魔王がいなかったらアレスに詰め寄ってたかもしれない」
「そんなもんかねぇ」
 レオンは立ち上がると、腰に差したナイフのうち一降りを素早く抜いた。魔王に最後の一撃を加えたナイフだ。
「別に正義がどーとか考えたことねぇなぁ。おいらもどっちかっつーとアレスの言ったことに賛成だな」
「しかし、奴らの狙いは我々の世界を破壊することだろ?それは……」
「そりゃおいらたちにとっちゃこの世界があいつの物になるのは困るけどさ、別に世界中の人のために戦ってるわけじゃないだろ?やっぱアレスのお袋さんとかさ、オルフェ姐さんとかロダンとかだったらまだしも」
「あたしは世界中の人々のために戦ってたよ」
 少し赤みの差した頬で、クリスははっきりと言った。
「そー言われるとどうしようもないんだけどさ」
 レオンは少々困った顔で、くるくると抜き身のナイフを放っては受け取っていた。
「でも例えばさ、オルフェ姐さんだって別に世界のためにおいらたちに協力してくれたわけじゃないだろ。単にアレスがフィガロさんの子供だから船に乗っけてくれただけじゃん」
「……確かにそうだろうけど……」
「おいらはそれとおんなじだよ。アレスとは仲よかったからさ。スリやんのにも飽きてたからちょうどいいかなと思って」
 クリスは思わず口をあんぐりと空けてレオンを見つめた。仕えていた王の命によりアレスとの旅に加わったクリスには、そんな適当な理由でいつ果てるともしれない旅に同行したというのが信じられなかった。
「お前……それ本気で言ってるの?」
「もちろん。まぁクリス姉の言ってる世界の危機だとかってのも一応わかってはいたけどさ。いっぺん旅暮らしってのやってみたかったんだよね」
 もはや開いた口がふさがらない。確かに他にも適当な理由で加わってきた者はいた。が、そういうのはしばらく一緒に旅をしていても、じきに別の道を行ってしまった。アレスと初めから最後まで旅をしたのは、クリスとレオンの他にはあと1人だけだ。
「ま、そんなんで悩むのもクリス姉らしいっちゃらしいけどね」
「……」
 レオンは高く放ったナイフをぱっと受け取ると、流れるように鞘に収めた。クリスは火酒を口に運ぶのも止めて、じっと考え込んでいる。しばらくその様子を見ていたレオンが、突然言った。
「でもさ、クリス姉は正義のために戦ったんで別にいいんじゃん?クリス姉が本気でそう思ってたんならさ。おいらやアレスは違うってだけっしょ」
 その言葉に、クリスははっと顔を上げた。レオンにとっては何気なく言ったことだが、クリスには天啓のように響いた。
「……それで、いいの?」
「さあ?クリス姉がいいと思ったらいいんだと思うけど」
 まるで無責任なことを言う。が、その奥にクリスの悩みをなんとか解消できないかというレオンの優しさがある、ように感じられた。
「……そうね」
 クリスの表情が緩んだのを見て、レオンもにやっと笑った。
「そういえばさぁ、クリス姉」
「ん?」
 視線を向けたクリスに、レオンはいきなり言った。
「明日か明後日ぐらいに、どっか旅出ない?」
「……は?」
「いや、だから旅」
 そう繰り返しても、クリスはまだなんとなく理解していないようで、不審気な表情のままだ。
「ここにいても食ってけないしさ。この世界を適当に回ってみない?もしかしたら帰り道見つかるかもしんないし」
「……まだ諦めてないのか……」
「いや、おいら別に帰れなくてもいいんだけどさ。クリス姉もアレスも帰りたそうだったから」
 あっさりと言う。クリスはもう3年になるレオンとの付き合いで、たまにその価値観が計りきれないことがあった。今も、故郷に永遠に戻れないということをまるで気に留めていないというのが信じられない。そしてそれでも帰り道を探すのを忘れていないことも。
「……行くか」
「行く?んじゃ決まりね」
「ただ明日は無理だ。明後日だな」
「オッケー。ま、どーせ二日酔いで死んでるだろうし、明後日の方が無難だわな」
 無遠慮に言うが、その嬉しそうな顔を見てると責める気にもならない。それでもぽこっと後頭部を叩いておいた。
「んじゃーおいらそろそろ寝に戻るけど、クリス姉は?」
「……あたしはもう少しここにいるわ。酔い覚ましてから帰る」
「わかった。んじゃおやすみー」
 ひらひらと手を振って、レオンはすっと闇に消えていった。
「ああ、お休み」
 答えてから、闇に消えた背中を見ながら小声でそっと付け足した。
「……ありがとう」

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