2004年05月17日

Mr.Gone

 まるで半世紀前に逆戻りしたかのような見出しが連日、新聞の紙面に踊っていた。連邦が半年ほど前にテロリストの親玉として指名した男はいつまで経っても見つからず、それを誤魔化すかのように隣国に仕掛けた戦争で、代わりに暴君とされた男の首級を上げた。よかれ悪しかれ長を失った国は迷走を始め、連邦の兵士たちは次々と新たな敵を見いだしては銃を向けていた。
 そしてその戦地では、もっと露骨に連邦を非難する記事が次々と書かれた。あるものは非難するためにずいぶん誇張された内容だったが、大部分は調べられる限りの事実がそのまま載せられていた。代表的な日刊紙の紙面にも、見た限りでたらめはない。思わず、ぐしゃりと握りしめた。隣で同じ新聞を読んでいた連れが、不思議そうな顔でこちらを見上げた。

「おい、あれほっといていいのか」
「何でだ?」
 まだ若い兵士が同僚の肩をつついた。捕虜収容所で1日座っている同僚に会いに来たはいいが、想像もしていなかった光景が広がっていたのである。
「何でってお前……ジュネーブ条約知らねえのか。捕虜の扱いにゃちゃんとした国際規定があんだよ」
「いいだろ、別に。上の連中からの指示でな、こいつらを協力的にしてやれ、ってさ」
「協力的?」
「要は」
 そう言って一番手前の牢を指さした。中では3人の連邦兵士が捕虜を取り囲んでいる。捕虜は服を全て剥ぎ取られ、兵士たちはそれぞれ片手にナイフを握っている。1人は何故かカメラを構えていた。
「あいつらが持ってる情報を簡単に引き出せるよう、ちと脅してやれってことだ」
「……」
 兵士は、同僚の看守の横顔を見て唖然とした。目の前の光景を平然と見ていられるだけでなく、堂々とそれを正当化し、当たり前のことのように語る友人が信じられなかった。
「しかし……」
「う゛ぁぁぁっ!」
 言いかけた言葉は、奥の方から聞こえてきた絶叫で遮られた。はっとして奥を見やる。若き看守も思わず腰を浮かしかけた。すぐにがしゃぁん、と牢に体をぶつける音がした。追い打ちを掛けるように女性の声が響いた。
「ヘイ、いつ寝ていいなんて言ったの!?」
 なんだ、という顔で看守は椅子に腰を下ろした。友人の方を見上げれば、驚いた顔のまま半分凍り付いている。
「おい、どうした?」
「い、今のは……?」
「ああ、カレンだろ。いつものことさ。あいつ美人なんだけどちょっと乱暴なんだよなぁ」
 まるでここがハイスクールであるような言葉。おかしい、とは思わないのだ。そのことが、若い兵士には信じられなかった。結局、彼は逃げるように収容所を後にした。休憩時間はまだたっぷり残っていた。

 連邦本国に緊急の連絡が飛び込んできたのはそれから1週間後のことだった。兵士を数多く送り込んでいた某国の基地が1つ壊滅したというのだ。基地といってもそれほどしっかりした作りなのではなく、砦といった方がふさわしい簡易的なものだ。それでも通信機器や戦略施設など前線をバックアップする最低限の施設は全て整っている。その分狙われることも多いため、防衛にも十分な予算と人手を割いていた。それが落ちた。
「馬鹿な!犯人は、犯人グループはどこの連中だ!?」
「わかりません。現地からの情報はほとんどないんです。ただ基地が陥落したということと、犯人の中に我々と同じ人種が混じっていたということだけです」
いつでも冷静な秘書官の一言に、湯気が出るほど沸騰していた連邦首相の頭は一気に冷えた。
「……白人が混じっていたと?」
「はい」
「……なんたることだ……同じ白人があんな未開の部族に荷担して連邦を裏切っただと……信じられん!」
「ただ、未確認情報です。基地から脱出した兵士がそう証言しましたが、裏は取れていません」
 その言葉に、首相は素早く反応した。
「すぐに裏を取れ!周辺の基地からも兵を回してそいつらを捉えろ!」
「はい」
 一礼して辞した秘書官には目もくれず、首相はすぐに電話に飛びついた。その額からは滝のような汗が流れていた。あと数週間で統一選挙が始まるという時期に届いたこのニュースは、彼にとっては致命傷にもなりかねなかった。

「やれやれ」
 僕は偵察車「トバルA」の影に腰を下ろした。アークィも隣に腰を下ろした。
「オーマ、疲れたか?」
「まぁね。今回は人が多かったから」
 アークィは全く疲れを見せていない。銃と野戦用のダガーで1人1人叩いた僕と違って、アークィは体1つで数人を一度に相手していた。服を着てると少年とも少女とも付かないような小柄な体のどこにそんな力があるのか、わからない。いくら見た目と違って既に僕より5つも年上だとは言っても。
「人が多くて?」
「そうだよ」
 首をかしげるアークィ。それも当然のこと。これまでに行ってきた戦闘の中で今回は人数が多かったけど、不意打ちをかけたから単純に戦闘という意味ではそれほど大した規模ではなかった。むしろ機械兵が相手でないだけ楽だった。
 僕が疲れたのは、相手の戦闘能力のせいではなかった。
「あいつらは元々僕の仲間だった連中だからね」
「ああ、そういうことか」
 アークィはあっさりと納得した。彼女も僕と一緒にいるために仲間の下を離れている。その仲間たちと拳を交えることを想像したのかもしれない。実際僕にとって、連邦の基地を強襲するのは自分の家に強盗に入るようなものだ。覚悟を決めた以上迷いはないけど、知った顔がいればやりにくいことには変わりはない。
「大丈夫か?何ならここでもうしばらく休んでいってもいいんだぞ」
「ん、そうだねー」
 どうしようかな、と思っていると、アークィは前に投げ出していた足を折りたたんだ。そしてぽんぽんと自分のひざを叩いてみせる。僕は苦笑して横になった。何故だかは知らないが、最近の彼女のお気に入りだ。こうしていると僕も確かに落ち着くし、彼女にしても僕が手の中にあるので安心するのかもしれない。いくら隊内では常に一番小さかった僕でもアークィにとってはずいぶん大きいのだから。

 戦地から帰国した兵士を待っていたのは家族ではなく、廊下を埋め尽くさんばかりの報道記者だった。祝賀の花火のようにフラッシュが焚かれ、記者たちがマイクやハンドレコーダーを片手に我がちにと駆け寄ってくる。彼の焦燥した顔は、記者たちには非常にありがたい。戦地の厳しさ以上に、彼が負った運命を素晴らしく演出してくれるからだ。
 マシンガンのように浴びせかけられるインタビューを逃れてタクシーに乗った頃には、既に着陸から1時間が経っていた。タクシーの運転手は、自宅を告げた時に「かしこまりました」と答えたきり何も言わない。その無言がありがたかった。ぶつけられた質問の多くは、彼の傷を大いにえぐるものだった。何故あなただけが助かったのか、犯人の顔を見たのか、何人いたのか、先日送られてきた写真の送り主は誰なのか、それは真実なのか。
 家に帰ると、家族はただ温かく迎えてくれた。涙こそ見せたものの、助かったことを神に感謝しましょう、と言ってくれただけで、後は大学から帰省した時と同じように、自分の好物をたっぷりと作ってくれた。涙が出るほど嬉しかった。基地襲撃から1週間、どこにも居場所がないという感覚を抱き続けていたのが、癒された思いだった。
 軍法会議の議場で彼は何も話せなかった。ただ、犯人は出自こそよくわからなかったが、全員が現地のゲリラだったということにしておいた。白人がいた、という情報については、現地人にしては色が白かったからそう見えたが、よく思い返すと顔は違っていた、と釈明した。それで全ては終わった、と彼は思った。既に辞表は提出してあり、受理されていた。
 しかしその翌日に届いた分厚い封書を見て、真っ青になった。中から出てきたのは自分が撮った写真だった。捕虜を踏みつけにする女性兵士、ナイフ片手に大笑いしている男性兵士、全裸で縛り付けられている捕虜。半月前に見た地獄が脳裏に蘇った。
 パソコンに向かうことを決意したのは、そのさらに翌日だった。まずは数通のメールを書き上げ、かの地で奮闘しているフリージャーナリストたちに送った。もう1通、長い長いメールを書いて、一切のインタビューには応じないと付記してマスコミ各社に送信した。そして最後に1通、ほんの数行のメールを打って送った。全精力を使い果たしたようにぐったりと椅子の背にもたれたのは、書き始めてから半日が経ってからだった。
 翌日パソコンを開くと、フリージャーナリストたちからの返信が届いていた。それらに目を通し、返信すべきことを返した。真偽をまともにぶつけても相手にされない。どこを叩けばホコリが出てくるかは彼のような内部の人間の方がわかっている。マスコミ各社からも同様に返信が来ていた。想像通りインタビューをしたいという依頼がほとんどだったが、1通だけ違う内容が返ってきた。
「もしも本当にインタビューを望まれないのなら、せめて顔を隠してカメラの前に立ち、自らの声で語るべきではないだろうか。自分で撮影したものをウェブで流すだけでいい。真実は伝えられるべきであり、それにはあなた自身の声が必要だ」
 彼は財布を手に、家を出た。期待していた最後の1通に返信はなかった。アカウントが失われていないことだけが希望だ。

 砂漠の中から響いてきたエンジン音に、歩哨の兵士は怪訝な顔をした。今日は車輌の出入りはないはずだった。すぐに隣の仲間に合図を送って目をこらすと、ゆっくりと現れたのは連邦軍の自走装甲車だった。胸元のインカムで基地内部に連絡を取り、基地からその装甲車への通信を待つ。本当に連邦軍の自走車輌であればドライバーが残したメッセージがあるはずなのだ。装甲車は移動モードの速度で近づいて来、ゲートの前で規定通り静止した。
『当該車輌のドライバーは失踪したトマス・カミナガだ。メッセージは残ってないしこちらから指示ができない。緊急停止ボタンを押せ!』
「了解」
 インカムからの返事は予想していたものとは少し違っていたが、彼はすぐに指示を実行しようと装甲車へと近づいた。その瞬間、平時と同様に前を向いていた主砲が突然火を噴いた。轟音が2人の歩哨の耳を叩き、すぐに爆音が続いた。主砲発射の轟音と衝撃で思わず耳を押さえてかがんだ2人は、後ろから時間差をおいてやってきた衝撃波にもう一度たたらを踏まされた。それを見透かしたように、自走装甲車は再び前進を開始した。主砲が左右にゆっくりと動く。まるで次の獲物はどれにしようかな、と値踏みしているようなその姿に、歩哨の2人の背筋に冷たいものがはしった。
 その轟音を聞いた瞬間、基地内のテントの中でディスプレイを見ていたオーマとアークィも動き始めた。オーマは右手のコミュニケーターを一瞥すると、左手に握っていた銃を両手で構えた。アークィは何も持たないまま、テントの外の様子を窺っている。
「とりあえずこの周囲ではほとんど人がいないな」
「ああ。さて、ジェフ」
 オーマは後ろに立っている1人の連邦兵士に声をかけた。下着だけの格好にされてはいるが傷はなく、縛られてもいなかった。彼は曖昧に返事した。
「協力は感謝する。そろそろお別れだ」
「……お前は一体何のために――」
「行くぞ、オーマ」
 アークィの声に、オーマは無言でジェフのみぞおちを蹴り上げた。軍靴での手加減のない一撃に、ジェフは膝を折ってうずくまった。肺にまで届いた衝撃で声も出ない。オーマもアークィも、そんなジェフに一瞥もくれず、音もなくテントを出ていった。ジェフは猛烈な痛みに起きあがることもできないまま、突然現れた旧友の行動に疑問を投げ続けた。何故連邦に敵対するのか、何故捕虜の写真などに興味を覚えたのか、そして何故自分だけを生かしておくのか、と。人見知りで優しいが、親しくなると笑顔できついことも言う音楽好きの戦友の影はそこにはなかった。
 オーマは目に付く兵士を片っ端から撃っていった。アークィが手当たり次第にテントに飛び込むと、その入り口で周囲を見張る。やがて一列に並んだテントの群れが見えてきた。アークィが一番手前のテントの中に音もなく忍び込む。その入り口に背を向けて周囲を鋭い目で見渡す。と、テントの中から野太い歓声が上がった。
「……ここか」
すぐに歓声は止み、アークィがもこりとテントの入り口を割って出てきた。
「ここだった。他にも何人も捕らえられている」
「連中はどうした?」
「放っておいた。中には本当の犯罪者もいる」
 歓声を聞きつけて、隣のテントから兵士が出てきた。それをハンドガンの連射で仕留めると、アークィが素晴らしいスピードで隣のテントに向かう。オーマもそのすぐ後ろを追うが、さすがにワンテンポ遅れる。テントの入り口に着いた頃には、既に後から出てこようとした1人を殴り倒して、中に飛び込んでいた。既に見慣れてしまったが、人の体が吹き飛ぶところなど正視に耐えるものではない。周囲からも人が集まってきている。並んでいるテントのうち4つ、5つの入り口の布がまくれ上がった。オーマの精密射撃の射程は100mちょっとだ。奥の方のテントは狙いがつけられない。意識を近い2つのテントに集中して、隣のテントから出てこようとした兵士を射抜き、空になったマガジンを排出。次の装填を終えるとすぐにその奥から出てきて驚いている3人を仕留めた。
 自律進撃モードになっている自走装甲車もあちこちの施設をほぼ無作為に砲撃している。その音もあって、基地内は騒然となっていた。オーマもアークィのいるテントの入り口で張るのをやめて、周囲の兵士を手当たり次第に仕留めていった。テントから出てくる兵士はほとんどが丸腰だが、別のところから走ってくる兵士は全員が銃を構えている。オーマは元々自分が所属していた隊の軍服を未だに着ているので、最初の数秒は狙いから外れる。その間に銃を持っている兵士から順番に撃っていく。アークィはさらに次のテントを制圧しに飛び込んでいき、すぐに出てきた。
「オーマ、誰もいない」
「もう大半仕留めた」
 感情のこもらない声でそう言うと、すぐに次の兵士を撃つ。それを見て、アークィもオーマに背を向けて敵を探す。兵士が集まってくるのを見て、そちらに向けて突進していった。
「アークィ!銃に気をつけろ!」
「わかっている!」
 激したのではなくただ声を届かせるためだけに大声を上げ、アークィも同様に意思を伝えるためだけに叫んだ。走り、撃ち、次々と兵士を屠りながら、3人の侵入者は一様に冷たかった。

 あらかた制圧した、と見てオーマはコミュニケーターに口を寄せた。
「戦闘態勢解除、警戒態勢に移行。基地内、収容所以外の状況を知らせろ」
『了解しました。警戒態勢にシフトします。旧タウルス基地内、収容所外に人がいます。人数4、ドライバートマスとの相対距離はそれぞれ01、02、07。武器の所持反応無し、有り、有り。サブドライバーアークィ、人物A、人物Bと呼称します』
「ウルズBの状況を知らせろ」
『ウルズBは静止しています。損傷率15%、主砲残弾数03、副砲残弾数01、側砲残弾数128。自己修復モードに移行しますか?』
「自己修復モードに移行」
『了解しました。ウルズB、自己修復モードに移行します』
 指揮車「アイズ」からの返事と一緒に、アークィが駆け寄ってきた。返り血で無惨な状態に見える。
「アークィ、怪我は?」
「ない」
 そう言ってくるりと回って見せた。それを見てから、すぐに視線を周囲へと配る。
「オーマ、どうした?」
「まだ残ってる。1人はジェフだ。もう1人いる」
 そう言うと、アークィもすぐに警戒し始めた。が、見つけたのはオーマの方だった。無言で銃を上げると一発だけ撃つ。小さく呻いて、最後の1人がテントの影でうずくまったのが見えた。2人が警戒しながら近づくと、黒人の兵士は痛みに顔をゆがめながら2人を見上げた。
「貴様……連邦の兵士が何故俺たちを襲う……」
 オーマは答えなかった。サイレンサーをつけた銃は静かに彼の額を射抜き、最後の兵士は崩れ落ちた。
 弾薬を取ってしまおうとすると、ぴぴっ、とコミュニケーターが鳴った。
『収容所から人が出ました。相対距離04、人数8、武器の所持反応無し。捕虜集団Aと呼称します』
「了解。捕虜集団Aが相対距離02まで到達したら再度報告せよ」
『了解しました』
「檻から逃げた?」
「ああ。使える武器も一部落ちてるだろう。襲われそうになったら逃げる」
「わかった」
 2人は収容所の方向をじっと見つめて待った。程なく、人影が近寄ってきた。コミュニケーターがまたぴぴっ、と鳴った。見る限り2人の手に武器はない。その辺の死体の服を剥いだのか、片方は連邦の軍服を着ていた。アークィがオーマの前に立った。それを見てか、2人は多少警戒しながらも近づいてきた。オーマが銃をしまうと、表情が少し緩んだのがわかった。
「……お前、連邦の兵士か」
「今は違う」
 オーマは即答した。捕虜はそれには特に驚かずに続けた。
「俺たちを助けてくれたのはわかるが、感謝する気にはなれん。俺たちを襲ったのもお前たち連邦だ」
「感謝はいらん。ありがたがられたくてやったわけじゃない」
「そうか……お前はこの男の――」
「仲間だ」
 アークィも即答した。その表情には特に親しみも疎みもない。それを感じ取ったのか、捕虜の2人は2人に背を向けた。

 数日間、僕とアークィはアイズ経由でネットに接続して情報を集めたり、日課のトレーニングをしたりしながらじりじりと移動していた。近くに街が1つ。そろそろ食料を買いに行く時期だから、ちょうどいい暇つぶしになる。
「アークィ、買い物行こうか」
「ああ。オーマ、明日の朝は何を食べたい?」
「うーん……久しぶりに生肉の焼いたのがいいなぁ」
「あるだろうけど、買えるかな」
 アークィが近寄ってきて、僕の乗っているトバルAの天井にひょいと飛び乗った。最近戦闘のない移動にはトバルを使う。全体で動くと目立つし物々しすぎる。太陽光発電のおかげで燃料の心配がいらないのはありがたいが、それでも無駄にうろうろするのは避けたい。
 トバルAが走り出したところで、コミュニケーターが鳴った。
「何だ?」
『ドライバートマスのアカウントにメールが届いています。差出人はジェフリー・バイアード、件名はジェフより、です』
「読み上げろ」
『ようやく家に帰り着いた。マスコミはきついが家族はよくしてくれたから助かっている。トマス、お前はどうしてる?こんな写真を送ってきたってことは、俺にこのことについて何か動けってことなんだろうな。ジャーナリストとマスコミに情報を流すことにする。これに何の意味があるのかは俺にはわからないが、少なくとも俺の仲間があんな酷いことをするのを止めることはできると思うようにしてる。お前のことは一切伏せた。また会おう、戦友。以上です』
 アイズの機械音声が、淡々とジェフからのメッセージを読み上げる間、僕は身じろぎもできなかった。僕の言いたいことはジェフにはある程度伝わったことはわかった。そして僕に気を遣ってくれたことも。
「うまくいったみたいだな、オーマ」
「うん」
 アークィは僕に名前をくれ、必ずその名前で呼ぶ。僕の本名を告げた時に、苗字は「神永」という漢字を当てること、それは永遠なる神という意味を持っていることを言うと、彼女の言葉で同じ意味を持つオーマ、という名前をくれた。僕は神を信じてはいないし、アークィは話を聞くと森羅万象を神に例える原始宗教の徒のようだった。どちらも永遠なる神を否定しているね、と笑いながら言ったら、それでもいいんだ、私はお前に名前をあげたいから、と真剣な顔で言った。何故そうまでするほど僕を気に入ったのかはわからないが、彼女は侵略者の一味である僕に名前を与え、彼女が使える特殊な力の使い方を僕に教え、そして生まれ育った村の中で進められていた連邦への反攻作戦から抜けて僕と一緒に来た。
 そしてジェフは僕を昔のようにトマス、と呼び戦友、と呼んだ。目の前で仲間を数人撃った上に彼にも銃を突きつけて脅した僕を気遣い、そして意図を計りかねながらも僕の思惑通りに世界にこの国の情報、連邦軍の情報をばらまいている。不思議なことに、僕は敵同士であるはずの2人の人間に助けられて、連邦や先進諸国に対するジョーカーとして存在している。
「オーマ。これからどうする?」
 アークィが僕の顔をのぞき込んだ。
「どうするって、買い物でしょ?」
「違う。明日からどうする?」
 そこまで聞いて、ようやくアークィの言わんとしていることがわかった。僕が迷っていると思っているのだ。僕自身はとっくに愛国心を捨ててしまったというのに。
「とりあえずこっから少しずつ西に移動してって、スルージナにある基地を落とそう。あそこが西部へのミサイル攻撃の拠点になってる」
「……いいのか?」
「何が?」
 微笑んで返すと、アークィは何でもない、と言って寄りかかってきた。その優しい沈黙に感謝しながら、僕はアークィの肩を抱いた。温かい。

 前編:「Port of Entry

posted by alohz at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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