2003年06月01日

異郷

 もう通い慣れたラーメン屋の屋台で腰を下ろすと、傍らのラジオの音が妙に大きく聞こえてきた。いつの間にか降り始めていた雨のせいで普段よりもさざめきが少ないのか、聴いたことのない洋楽をぐっと押し出してくるように感じる。
 とん、と丼が目の前に置かれ、無言のまま食べ始めた。さらさらと降る雨はビニールシートに覆われて体にかかることはなく、汁のないビーフンは調味料を足しても味が薄かった。白熱灯の明かりが自分と、3つのテーブルを照らし出している。
 ふと、自分の部屋を思った。全てが自分用に整えられ、ある必要があるものはちゃんとある部屋。そこで新聞を読み、音楽を聴き、コーヒーを口にすることを思った。
 そして、レコード屋を思った。見慣れた文字や絵が並び、それでも自分用のものは何一つない店。そこでじれったい会話をし、姦しい騒ぎを聞き、野菜炒めを口にしたことを思った。

 席を立つと、店主がすぐ傍に立っていた。その笑顔にいつもの笑顔を返して、勘定を済ませた。
 ほんの少し営業用の、でも半ば以上本当の気持ちで浮かべる笑顔。学校に行っても電話をかけても見ることのできる表情。そして、この世界を支えている表情。

 部屋に作りつけのダブルベッドに座り、この街に来てから初めて、ほんの少しだけ泣いた。

posted by alohz at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]旅の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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