2003年05月11日

真衣の絵

 放課後。音楽室に行こうとする俺を真衣が呼び止めた。
「ねーねー、戒理ー!ちょっと待てよ」
「んー……ああ、こないだ言ってたヤツな」
 俺は真衣の机に向かうと、真衣はにこにこしながら紙袋の中から小さなキャンバスを取り出した。
 真衣は絵を描く。何故かは知らないが、大きくても B5 ぐらい、下手するとはがきサイズの小さなキャンバスを使って、大体月に1枚ぐらいのペースで描く。どうやらプロを目指しているらしいが、俺にはそれが可能なのかどうかはわからない。
 俺は絵は描けないし、正直言って良し悪しも分からない。だが、真衣は絵が描けると、必ず俺に見せてくる。
 今月の絵は、公園の絵らしい。晴れた青空の下、噴水の周りで子供がはしゃぎ回っている。絵に写っている風景からすると、どうやら近所の公園ではなく、わざわざ隣町にある市の中央公園まで行って来たらしい。水彩のタッチは優しく、なかなかに心が和む。
「いいでしょ?今回は癒し系だって評判いいんだよ」
 真衣は美術部に入っているので、大抵こいつの言うところの『評判』は顧問も含めて美術部内での評判だ。
「癒し系、ねぇ……俺、大概その言葉嫌いなんだよな。言いたい事はわかるけど」
「あー、戒理ああいう音楽嫌いだもんね。クラシックとかもやってるくせに」
「くせにとか言うな」
 俺は、これから音楽室に行こうとしていた事からわかるかもしれないが、吹奏楽をやっている。まぁ、うちの部自体は運動会とか卒業式とかで活躍するぐらいの大した事のないレベルだが。
「で、どう?」
 話を絵に戻そう。真衣がわざわざ絵心なんて親の腹に置いてきたような俺に絵を見せるのは、俺の感想が聞きたいかららしい。俺もその辺はわかっているので、少し考えてから返す。
「んー、なんつーか、素っ頓狂な絵だよな。今回は」
「は!?素っ頓狂!?」
 ……予測はしてたが、叫ぶな馬鹿。多少教室に残ってる連中が不思議そーな顔してこっち見てんだろ。
「何それ、どういう意味?」
「まず……お前のその声が素っ頓狂だ」
「関係ないし!」
 確かに関係ない。が、絶対に素っ頓狂と言ったらこういう反応はするだろうと思っていたので、実は感想を言う前に既に用意していた答えだったりする。
「まぁそれはいいとして。真衣、ちょっとお前窓の外見てみろ」
「……雨降ってるわね」
 そう、今は6月も半ばを過ぎた。梅雨真っ盛りだ。今日も朝からずっと、飽きもしないでさぁさぁと降り続いている。
「で、その雨がどうかしたの?」
「今は6月だ。雨降ってて当然だな」
「そーね」
 俺がこういう持って回った説明の仕方をするのはよくわかっているのだろう、変に急かさずに相槌を打った。
「それとお前、ここ数ヶ月暗い絵ばっかだったろ」
「……そーいえば。でもここ数ヶ月って冬だったし」
「4月に描いてた絵は春雷で、5月は雨に濡れた蝸牛だったろ。春って感じ全然しなかった」
「んー、なんとなく描きたい時に見えたのがそんなだったんだよね」
 こいつはどうやら描きたい物を見かけたらそれをじっくりと観察し、後でほとんど頭の中の図を描き出すようにして絵を作るらしい。資料も使うらしいが、それは例えば蝸牛の模様だとか、紫陽花の葉の形だとか、そういうぼんやりとしか覚えていない細かい部分を補強するためだと言っていた。
「ところがだ。このじとじとした季節にこんなすこんと晴れた絵を描いたら、素っ頓狂としか言えねーだろ」
「そーゆー意味……」
「まあ絵自体はいいんじゃねーか、風景写真みたいで。玄関先に飾っといたらいい感じだな」
 そう言って締めると、真衣は何故かじとりとこちらを見た。
「……なんだよ」
「要するに、戒理この絵嫌い?」
「何でそうなる?」
「だって結局一言も褒めてないし」
「いい感じだって言っただろうが」
「玄関先に飾っといたらって、要するに主張する物がないからでしょ!」
「……まぁそうだな。あくが強かったらそんなとこに置けない」
 なかなか鋭い。が、俺は別にこの絵が嫌いというわけではない。むしろ、こういう水彩の優しいタッチの絵は好きな方だ。くれるというのなら喜んでもらって帰る。ただ、この絵が訴えかける何かがあるかというと、素人目には感じられない。
「でも、あくが強いからいいってわけじゃないだろ。特にお前の場合」
「でもこういうタッチでも引き込まれる絵ってあるじゃない。そこまで行ってないって事でしょ?」
「行ってない」
「……じゃーダメだ」
 がっくりと肩を落とす。
 ……別に悪い事をしたわけではないが、微妙に罪悪感が湧いてくる。特にこの絵は自信があったようだから、俺があんまりいい風に取らなかったと見ると余計にがっくりきたのだろう。とりあえず肩をぽんぽんと叩いてみた。
「まぁそう気を落とすな。いきなりそんなすごい絵が描けたら誰でも名画家になれちまうだろ」
「うー……でもあたしは名画家になりたいのに……」
「先は長い」
 悟ったようなことを言ってはいるが、所詮は同い年の高校2年生だ。だが、真衣の中では何故か多少立ち直れたらしい。
「そだね……。うし、また描くぞっ!」
 そして、何故か俺に人差し指を突きつけて大声で宣言した。
「次の作品ではあんたにべた褒めさせてやるからね!覚悟しなさい」
「だから恥ずかしいから叫ぶなっつってんだろ。毎回毎回」
 毎回こう言っては、翌月にまた嬉しそうに作品を持ってくる。俺もその都度絵の出来によって褒めたりけなしたりだが、褒められた月も『次回はもっと』と言ってくるから始末に負えない。でも、絵を見せる時のなんだか嬉しそうな、それでいて不安そうな表情はまた見たいと思う。だから、俺は人とは違う事を言うようにしている。
「じゃあ俺は行くぞ」
「あ、今日は部活か。頑張ってねー」
「ああ」
 俺は真衣のように頻繁に(月一が頻繁かどうかはともかく)作品を見せる事はできない。例年5月と9月にある学校行事、それから7月の終わりにあるコンクールでしか演奏しないないからだ。それに、当然俺1人の作品ではない。だが、それでも俺はできるだけ真面目に練習して、少しでもいい演奏をしようとする。
 プロにはなれない、でも運動会や文化祭ではそれなりの演奏がしたい。それぐらいしか、俺は真衣に対抗できない。あいつと並べない。
 俺は楽器庫から自分の楽器を取り出して来て手早く組み立て、譜面台と電子メトロノームを持って廊下に出る。
 今日も、基礎練からだ。

posted by alohz at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]日常の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。