2002年09月29日

On the Beat

 かつて、僕らの父親が僕らぐらいだった頃。ロックを好んで聴いたり演奏したりする青年は不良だと言われた時代があったらしい。不良という言葉も、最近はもうあまり見かけなくなった。僕らが想像する不良は、黒の学ランにリーゼント、車座にしゃがみ込んで煙草だ。今の小学生に訊いたら、きっと違う事を言うに違いない。

 同じリフ、同じ SE、同じビートが繰り返されるトランス。気怠げな、どこか厭世観の漂う声が、気分を高揚させるはずの力強いオンビートに乗って響く時、そこにはただの気怠さでも熱狂でもない不思議な感覚がある。挟み込まれたストリングス系のシンセサウンドは、ビートが抜かれた瞬間に恐ろしく強烈に僕らを骨抜きにする。僕は高校1年の春、そんな音楽を友人に聴かされてこう言った。こんなのが流行るようじゃ、日本の若者は駄目になるんじゃないの、と。

 僕は高校に入ってから、1度だけ泣いた。声を上げて号泣した訳じゃない。けど、人前で涙を流したのは今のところあれ1度きりだ。その原因が音だったのは、ある意味では僕らしかった。ただそれが自分の音でなかったのは、僕らしくなかったように思う。人並みの感動という奴に、どうにも慣れない人間だからだ。

 僕が2年の時の文化祭。食べ物の出店が並ぶ中庭で昼食を物色していた。側にあった仮設のステージから降ってくるヴィジュアル系ロックの粗悪なコピーを聞き流しながら焼きうどんを待ち、ギターのあまりのやかましさに辟易し出した頃にようやく紙皿を受け取った。友達のクラスで売っていた焼き鳥を受け取るためにステージの前を横切った時、クラスの女子の1人が僕に気付いて声をかけてきた。珍しく1人で、まだ手を付けていない紙皿を持っていた彼女は、僕が自分と同じ境遇だと知ると僕を昼食のお供に誘った。何の気無しに応諾して焼き鳥の皿を受け取ると、彼女は中庭の隅にその日だけ置いてあるベンチに僕を引っ張っていき、その左側に腰を下ろした。僕も隣に座って、焼き鳥の串をひょいと取り上げた。
 ステージの上で、次のバンドが何やらしゃべっていた。ステージには2人しか見えない。ドラムの側にベースが立てかけてあり、キーボードの前にマイクが立っている。そしてキーボードの隣に、さっきまではなかった簡易テーブルがあった。片方がベースを肩に掛け、もう片方がキーボードの前に立ってしゃべっている。
「あ、やっぱりステージが気になる?」
 僕が音楽が好きだというのを、どこから聞いたのか隣の女の子は知っているらしい。それに頷いて、スピーカーの振動を待った。どん、というバスドラムの音が、そのバンドの第一声だった。ベーシストが機械的なリズムに合わせて淡々とリフを並べ、キーボードは一定の和音を繰り返しながら、時折何か呟いた。毎拍ごとに打たれるバスドラムを筆頭に、同じパターンが延々続く。ただキーボーディストの呟きだけが少しずつ変わっていった。
 おおよそ5分間。僕は1串目の焼き鳥を食べ終えられなかった。ライブでこういう音楽をやるという発想が僕になかったからだ。次の曲に行く頃には、2串目の焼き鳥を半分食べ終えていた。
 他愛のないおしゃべりをしながら美味しいとも不味いとも言えない食事を終え、2人分の紙皿を捨てに一度席を立った僕の耳に、次で最後の曲になります、という声が聞こえてきた。見れば2人は最初の曲と同じ場所に、同じ様子で佇んでいた。
 今度はキーボードが始まりを告げた。ベーシストが簡易テーブルに載った何かに手を置いて、キーボードのソロを真剣に聴いている。左手で和音、右手で流れるようなメロディを作り出していくその様子は、まるでフュージョン・キーボーディストを思わせる。
 ひとしきりイントロを弾いた後で、ちらっと隣のベーシストに目配せをした。ピアノソロのブレイクに合わせて、リズムマシンが動き始める。ベースが弾き始めたのはリフではなかった。
 僕は思わず足を止めていた。

「ゴミ捨てに行ったっきり帰って来ないと思ったら、なんでこんなところでぼーっと……って、どうしたの!?」
 わざわざ呼びに来たのか、何やら驚いている彼女を見て初めて気が付いた。視界がぼやける。頬に何かむず痒い感覚があった。手で拭おうとして、両手にゴミを抱えてた事に気付く。彼女が僕に、おずおずと訊いた。
「ひょっとして、感動した?」
「……そうだね。」
 そう答えておいて、僕は手に持っていた紙皿をゴミ箱に捨てた。

 何であの時泣いたのか、理由はよくわからないと言えばよくわからない。ただ、あの最後の演奏でだけ、2人が2人とも必死に音を紡いでいた。後から人づてに、最後の1曲だけ、インプロヴィゼーションが中心だったことを聞いた。無機質な音の上に有機質の音が混じっていた事そのものか、2人それぞれのソロに感動したのか。エレキベースを手にした今でも、よくわからない。
 僕の膝の上に乗っかっている小さな寝顔を、あの時涙を見られたお返しにじっと見ている。そっと頬をつつくと、何とも言えない柔らかな気持ちになってくる。彼女はあの後、赤い顔でこう言った。

「あの時、泣いてたの見てさ。どきっとしたんだ。あたしとか、他の人が全然何とも思ってなかった事で、泣くぐらい感動してたのが、さ。お前普段、あたし達が盛り上がってるのを一歩引いて見てるだろ。だからすごく、意外って言うのもあったんだけど……気ぃ悪くしないでよ、綺麗に、見えてさ。」

 ロックが魂を揺さぶる時代はもう終わってしまったのかも知れない。未熟な電子音に涙した僕も、その涙から目を離せない彼女も。ぽかぽかと部屋を暖める西日の下で、僕は少しかさついた彼女の頬を撫でていた。開かれっ放しで自力で戻る気力もないくたびれた問題集を、ステレオから等間隔でこぼれ落ちる低音が励ましている。

posted by alohz at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]音楽的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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