2002年06月12日

思い出

 彼女が死んだ。
 その話題は、10年振りのクラス会でもほとんどみんなの口に上らなかった。ざわついた中途半端に狭い会場の前の方で、高校3年目のクラスの縁を10年以上大事に持っていた数人の内の1人が挨拶に立った時に、まるで時候の挨拶のように触れたぐらいだった。
 僕がそれを知ったのは、彼女がこの世界にいなくなってから1ヶ月ほどが経った頃だったらしい。彼女の死を伝えられた時、そう聞かされた。僕が彼女の顔を見なくなってから、もう1年ぐらい経っていた頃だった。たまたま同じ1つの部屋に押し込まれた僕らが、その部屋を抜け出してから1年が経っていたのだ。
 その時、僕は驚いた。それだけだった。

 顔は、まだぼんやりとだが覚えている。声ははっきりしない。彼女の声を最後に記憶してから、いろんな声を耳に入れ記憶してきたので、顔とは違って変色しやすい声は、既に元の色が判然としないほど褪せてしまった。でも夏の講堂に響いていた作り声だけはなんとなく、信用できそうな色をしている。
 僕はその時、ぼうっと彼女を、他のみんなを、壁の外から眺めていただけだった。その夏、僕は別の世界を持っていて、彼女や他のみんなが入ってこないその世界で、みんなとは違う苦楽を感じていた。今ざわついているこの会場では、その時の僕とみんなとの間にあった透明な壁を、みんなが持っている。あの時は同じ世界にいたみんなが。
 未だに道が重なっている人もいる。遠く離れてしまった人もいる。偶然道が再び交差した人もいたらしい。誰もが、今よりも子供だった日々の面影と思い出を持って、ここに来た。僕はそんな人たちを見ながら、くどいソースのかかった生ハムを適当に噛んでいた。彼女の面影を引きずって来たわずかな人も、きっと夜が更けてからアルコール臭いため息と一緒にそれを吐き出すのだろう。思い出の中にすら振り落としてくる事のできなかった、それぞれの世界の重荷と共に。

 彼女は死んだ。

posted by alohz at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]日常の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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