2009年11月21日

買収

「ふざけんなー!」
 井上家に怒声が響き渡る。高校生の美紀と三歳年上の兄、浩太は、色とりどりの服が散らばった浩太の部屋で向かい合っていた。
「どこもふざけてないぞ。俺は大まじめだ」
「弟にライブで水着着ろとか大まじめに言ってんじゃねぇ!」
「自前のは生々しいかと思ってわざわざ買ってきた兄たちの気遣いに対して何かないのか?」
「死ね!」
 美紀が仁王立ちで顔を真っ赤にして怒っているのに、浩太は座布団に座ったまま、まるで気にした様子もない。浩太の隣で散らばった服を並べている寛美も、美紀の剣幕を見事に無視して口を挟んだ。
「それ、かわいいと思うけどな。ミキ君脚長いし色白だから、紺のスク水は映えるよきっと」
「映えりゃいいってもんじゃないでしょ!プールとかなら……それもかなりアレですけど!なんでライブハウスで水着着て楽器弾かなきゃいけないんですか!明らかにおかしいでしょそれ!?」
「それがステージ衣装ってもんだ。それ言ったらおかしくない衣装なんてないぞ?」
「このカッコならおかしくねーだろ」
 そう言ってばっと両手を広げてみせる。着ているのはタートルネックの黒いセーターに色の濃いジーパン。それをじーっと見ていた浩太は、無言で肩をすくめた。寛美が代わりにコメント。
「普段着としては全然おかしくないけど、ステージ衣装にはちょっと地味過ぎなんじゃないかな」
「だからって水着ですか」
「鉄板よ?」
「スケベ野郎が寄ってくるだけでしょ!」
「男の子はみんな好きだよね。ミキ君は?」
 何気ない口調で訊かれて、ぐっと詰まった。自分のことを親よりよく知っている兄やその彼女に対して、好きなわけないでしょ、とは言えない。いろいろ突っ込まれて余計に不利になりそうだ。
「み、見るのが好きだからって着るのもいいとは言わないですよ!」
「音だけじゃなくて見た目でも楽しませるのがカルマ式。お芝居は控えめだけどね?」
 きっぱりと言ったのは、バンドのキャッチコピー全文。三人と、この場にいないもう一人で組んでいるロックバンドだ。「ね?」まできちんと明文化されているところに、このバンドのベクトルの一端が現れている。
「それ言ったら寛美さん何着るんですか」
「あたしは……どうしよっか。まだ決めてないの」
「決めてないのかよ!なんでオレだけ!?」
「いつもミキ君から決めるからね」
「一番もめるからな。他のは大体すんなり決まるから後からでいいんだよ」
「もめるのはお前がとんでもない服ばっか選ぶからだろ!春のライブでリンの衣装着た時は大してもめなかっただろうが!」
「ありゃ俺と寛美でもめたんだよ。露出が少ないんじゃないかって」
「演出ならともかく人の露出度でもめんな!」
「重要よ?ミキ君モデル体型だもん、どう見せるかはちゃんと考えないと」
 美紀は確かに長身なのだが、そう言う寛美も美紀と五センチ程度低いくらいで、決して大きく差があるわけではない。肌の色も雪のように、とまではいかないにしても、美紀と同じく色白だ。そして美紀に比べれば明らかに凹凸がはっきりしている。
「自分の方がよっぽど重要じゃないですか」
「私のはミキ君に合わせて決めればいいじゃない」
「寛美は選り好みしないからな」
「してください」
「衣装着るの好きなんだもん」
「スク水も?」
「うん」
「オレはあんなの衣装とは思いませんっ!」
「見解の相違だな」
 怒鳴りすぎて肩で息をしている美紀を尻目に、浩太は携帯を出した。
「どうしたの?」
「いやちょっと手に負えねぇから援軍を」
 アドレス帳から誰かの番号を探し出して、耳に当てる。寛美はそれを見て、すっと立った。
「ミキ君、とりあえず座ったら?」
「いえ、なんか嫌な予感がするんで出ていきます」
「出ていかないでっ!」
 二人の言動に一抹どころでなく不安を覚えた美紀は、さっと背中を向けてドアノブに手をかけた。その背中に寛美が抱きついてきた。
「うわっ、と、わあっ!」
 不意を突かれてよろめいた拍子に今度はぐいぐいと引っ張られ、美紀はバランスを崩してベッドに引きずり倒された。間髪入れずに寛美がのしかかってくる。
「えいっ。ふふ、ミキ君〜」
「え、ちょ、ちょっと寛美さんっ?!何やってるんですか!」
「かわいい義弟[おとうと]に抱きつきたくなったの」
「なったの、じゃなくて!どいてくださいって!」
「いや」
「あー、もしもし。今大丈夫か?……うん、いやちょっと頼みたいことがあってな」
 電話が繋がったらしく、浩太が誰かと話し始めた。寛美はそれをまるっきり無視して、完全に美紀を押さえ込んでいる。女性らしい寛美の体を全身に押しつけられて、美紀は強引に動けない。さらに寛美自身、実は結構力があるのだ。
「いやな、今年もまたウチの大学の学祭でライブやるんだけどさ。その衣装のことでちょっとお前から頼んでもらおうと思って。俺らが言ったんじゃ聞かなくてさ」
 誰に電話しているのかは言われなくてもわかる。浩太が番号を知っている美紀の友人はそもそも一人だけだ。相手が話しているんだろう、浩太は黙って頷いている。その沈黙が怖い。
 が、少々様子がおかしい。浩太が困惑の表情を浮かべたのだ。
「え、マジで。そこを何とか。お前も美紀がかわいいカッコしてるの見たいだろ?」
「いーぞ雅!さくっと断れ!」
 電話の向こうにも聞こえるくらいの声で叫ぶ。寛美が慌てて口を塞いだが、もう手遅れ。
 もうしばらく小声で話をして、浩太は電話を切るなりため息をついた。
「ダメだったの?」
「本人がそこまで嫌がってるなら協力できないとさ」
 残念そうな二人とは対照的に、美紀はようやく笑みを浮かべた。愛しい親友はやはり美紀のことをよくわかっている。
「で、結論も出たことだし、寛美さんどいてくれない?」
「いや」
「なんで!?」
 今度はただの冗談だったようで、寛美は笑ってどいてくれた。美紀はぱっと飛び起きるなり、足元の衣装は踏まないようにドアに飛びつく。その背中に浩太が声をかけた。
「ああ、美紀。雅に免じて二択だ。どっちか好きな方選べ」
 ぴたりと足を止めた美紀は、それでも振り向くかどうか数秒悩んでから、渋々振り返った。
「どれとどれだよ」
 浩太はテーブルから文庫本を2冊取ると、さっき寛美がきれいに並べた服のうち2着のそばに置いた。
 片方は黒のチューブトップにホットパンツ、サスペンダーとブーツ付き。もう片方は赤と黒がベースのフリルたっぷりゴシックドレス、肘までの手袋とニーソックス付き。
 前者は露出度も色気も満点、後者はこれでもかというぐらいお嬢様ファッションで、胸はしっかり開いている。
「これとこれな。ハルヒととらドラ、どっちにする?」
「ぐっ……!」
 まずは寛美が着たところを想像してみる。チューブトップにホットパンツは思わず鼻の辺りを抑えてしまいそうなくらいにセクシーだ。ゴシックドレスは胸元のセクシーさ以上に全体のかわいさが引き立つ感じ。スタイルのいい寛美が着るなら前者だろう。続いて自分が着たところを想像してみる。
「……とらドラ」
「よし。じゃこっちをベースに俺らの決めよう」
 5分近く悩んだ挙げ句、絞り出すように答えた美紀に、浩太は実にあっさりと頷いたのだった。


※この話は「私の特権」(「mnfikmyhk CREATURE MIXTURE 4」収録)の番外編です。

posted by alohz at 09:00| Comment(5) | TrackBack(0) | [短編]日常の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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