2008年12月25日

ミクとクリスマス

『ねーキョー君、そろそろクリスマスだよ?』
「そうだな。それがどうかしたか?」
『……』
 何を思ったのか突然そんなことを言いだしたと思ったら、じーっとこちらを見ている。
「曲作れって?」
『あ、えーと、うん。それはそーなんだけど。キョー君のクリスマス中止?』
「流行りに乗って失礼なこと言うなこのお子様」
 むぎゅーっとほっぺたを引っ張ってやる。が、さすがに慣れてきたのかあんまり表情が変わらない。
『だってキョー君、冬休みに入ってから外出たの2、3回だけじゃん。それもコンビニとかスーパーだったでしょ?』
 ほっぺた引っ張られた面白い顔のまま反論してくる。確かにそれは事実で、先週末から食べ物や日用品の買い物以外はずっと部屋にこもりっきりだ。
「メシ食えないのは困るだろう。洗剤も切れてたし」
『だよね。キョー君とこじゃサンタさんも来ないし』
「そりゃまぁそうだな。別に失業されても困らないな」
 実際、来られても困る歳ではある。一人暮らしだし、うっかり変質者と間違えそうだ。
「お前んとこには来るわけないしなぁ」
『ミクももう子供じゃないからねー』
「いや、いい子のとこにしか来ないんだろ?」
『ミクいい子だよっ!』
「ほーう?そうかなぁ。いい子は人のカードでこっそり買い物したりしないと思うんだけどなぁ……」
 わざとらしく言ってやると、ミクはぴたりと静止した。見事なストップモーションだ。
『ば……バレた?』
「お前俺のアカウント使ってバレねーとでも思ったか。ちゃんと注文キャンセルしといたから」
『えー?』
「えーじゃねえ。遠慮なしに注文しやがって、破産させる気か」
 そうなのだ。ちょっと前にパソコンを使っている時にちょっと出ていて、帰ってきたときにはブラウザが落としてあった。それはいいんだが、履歴が丸ごと消されていたので怪しいと思って調べてみたら、ソフト音源やシーケンサを山のように注文していたのだ。総額が7桁に到達しかかっていて、卒倒しそうになった。
『うー。キョー君のクリスマスなんて永遠に中止しちゃえばいいんだー!』
 子供みたいな捨て台詞を吐いてベッドにころんと転がった。
「あ、俺イブは家にいるけど25日は出かけるから」
 その背中にそう言うと、ミクはぱっと跳ね起きた。
『え!?中止じゃないの!?』
「勝手に中止すんな。向こうがイブはバイト抜けられねぇって言うんだよ」
 大きな目がまん丸になって、これでもかというくらいに驚きを表現していた。あとまた動きが止まっている。
「あとこれからちょっと買い物行ってくるな。1時間くらいで帰ってくるから」
『う、うん。行ってらっしゃい』
 素直に、というより呆然と送り出してくれた。わからんでもないけど、そんなに意外か。

 撤去されることなく、昼間っからイルミネーションで彩られた街を回っていくつか買い物を済ませる。25日に会うのは別に彼女でもなんでもないし、さらに言えば1人じゃないんだが、ミクの反応が面白かったからそのままにしておこう。
 最後に楽器屋に寄って、隅っこの方の棚とにらめっこする。10分ほど悩んで、棚から CD を1枚取ると、レジに持っていった。別にミクにあげるわけじゃないし、ミクが喜ぶかどうかはわからないが、大量に注文された音源のうち1つくらいはうちにあってもいいだろう。
 そろそろクリスマスだしな。

posted by alohz at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]ミクと俺と音楽と | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月01日

歳末大放出祭

 単に歳末というだけではない。ここのところの景気の悪さはニュースや新聞の中から俺を始めとする中流以下のサラリーマンたちの財布の中にまで浸食してきていたからだろう。近所にあるショッピングモールは、セールのチラシを見てきたのだろう、主婦や家族連れでごった返していた。
「こりゃあ晩飯の買い物するだけでも一苦労だぜぇ」
「でも、冷蔵庫は今朝のめざしで空っぽになったよ」
 うちの小さな主婦の一言に俺はため息で答えた。日々の買い物はこいつが適当にやってくれているが、やっぱり土日のどちらかにはまとめ買いをしたいらしい。
「とりあえず食料品は後回しだ」
「あ、じゃあ3階」
「ん?ワイシャツはまだ買うようなことないだろ?」
「……あたしの下着」
「ああ、そっか。同じフロアか」
 紳士服かと思った。
 結[ゆい]に財布を渡して自分で適当に買いに行かせ、俺は戦場になっているワゴンセールを遠巻きにしながらエスカレーターのそばでぼーっと待っていた。自分の分の買い物が特にないと暇だ。
 大して迷うこともなかったのか、結はわりとすぐに戻ってきた。
「早かったな」
「そう?」
 それでもちょっと髪が乱れている。下着売り場はそれほどでもないと思ったが、それでもこのセールを待ってた主婦どもがたかっているんだろう。特に背の低い結は全力を出さないと通り抜けたりできなさそうだ。
 髪を手ぐしで梳いてやりながら、エスカレーターに向かう。ワゴンセールにたかる人だかりからは、何やら怒声まで聞こえてきた。げんなりしながらそっちに向かう。
「お兄ちゃん、そっち逆」
「ん?」
 結に服の裾を引っ張られてよく見ると、確かに反対だ。わざわざ好きこのんで騒ぎの中に突っ込む気があるはずもない。
「すまん」
 きびすを返した瞬間、ぱぁんと乾いた音がした。一瞬、フロア中の空気が凍り付いた気がした。瞬時に解凍されて、振り返った。人だかりのどこからか鳴った、ように聞こえたのだ。
 もう一度、同じような音がして、ようやくそばにいた奴らが悲鳴を上げた。1人が上げれば一気に連鎖する。そして、それでスイッチが入ったかのように、人の波が動き始めた。
「結!」
 頭に置いていた左手を細い腰に回すと、結もすぐに俺の首にかじりついてきた。その背を右腕で包んで抱え上げ、走る。どこへ?
「まだ銃持ってる……!」
 ささやくような結の言葉が耳に届いて、俺は足を止めて周囲を見渡した。フロア中が一個所に集まりつつある。下りエスカレーターに。
「結、誰かにぶつかっても許せ。あと奴らがこっち向いたら教えろ」
 期待はせずに、それでも声をかけておく。
「うん」
 どちらの方にか、とにかく結は頷いた。それで十分だ。
 客の隙間を縫って、俺はひたすら連中とは違う方に足を運んだ。また銃声が響く。と同時に、エスカレーターの方で新たな悲鳴が上がる。
 撃ち合いをやってる連中の姿を横目で確認した。黒人の兄ちゃんと日本人の兄ちゃん、どっちも女連れで、どっちも相手のことしか見えていない。弾が当たってるのかどうかはわからない。
 阿鼻叫喚が徐々に遠ざかっていく。エスカレーターの周りにこのフロアの客のほとんどが移動したのだ。一部は階段から逃げただろうが、ワゴンが置いてあるのが階段寄りだったからそっちは少数だろう。
 俺はといえば、可能な限りかがんで、向かい合っている2人のほぼ垂直に当たる方向に逃げていた。
 正直背筋が死にそうだが、結が流れ弾に当たったら最悪だ。今は連中との間に服を吊ってるハンガーがあるだけだ。一番近くの棚まで必死で走る。どうにか革靴の棚の陰に滑り込んで、一旦足を止めて深呼吸する。
 もう一度ワゴンの方を確認してから、大きく息を吸い込んで、店員の控え室に駆け込んだ。
「きゃぁっ!」
「ぅわあっ!」
「すまん、ちょっと避難させてくれ!」
 中にいた店員は一様に悲鳴を上げたが、俺が結を抱えていたのがよかったのだろう、すぐに奴が乱入してきたのではないとわかってくれた。
「奥にいてください」
「ありがとう。結、下りろ」
「うん」
 こういう時、結には悪いが結がこういう子でよかったと思う。まともに育った中学生なら泣きわめいてもおかしくない。
 それでも、俺にしがみついていた結は小さく震えていた。下りた結を抱き寄せてやると、がばっとしがみついてきた。奥に移動するのは難しそうだ。諦めて、ドアのそばの壁に背中をつけた。
 店員の1人が恐る恐る俺に声をかけた。
「外は……」
「客はほとんどエスカレーターに避難してる。2階が大混乱だろうな。撃ち合ってる奴らはどっちも弾が体に当たってたから、たぶんそろそろケリがつくだろ」
「そ、そうですか……」
 彼もその他の店員たちも一様に安堵の表情を見せた。
「警察には?」
「連絡しました。もう間もなく着くと思います」
 幾分落ち着きを取り戻した声でそう言って、結に笑顔を見せさえした。一方の結は、それに応える余裕はまるでない。初老の店員には目もくれずに、ひたすら俺を見上げている。ゆっくり頬を撫でてやると、少しだけ腕の力が緩んだが、視線は緩まなかった。

「お兄ちゃん」
「ん?」
 そう声を出せたのは、警察がぞろぞろと来始めてからだ。
「どうしてこっちに逃げたの?出口ないでしょ?」
「外に出なくてもよかったからな。撃ち合ってんのはどっちも一般人だったし、サシなら他の連中にわざわざ銃口向けたりしないだろ。どっちかっつーと怖いのは逃げてる奴らだ」
「逃げてる人?」
「怖くて逃げた奴ってのは見境ないからな。倒れた人がいたら遠慮無く踏んでいく。あんな人数に踏まれたら誰でもぺっちゃんこだ」
 警官が控え室に来たので、俺は一旦口をつぐんだ。結もそれに気付いて、視線をドアの方に向ける。
「こっちは……、えー、皆さん怪我はないですか?」
「ないっすよ。こっちはみんなすぐに中入ったから」
「そうか、それはよかった。後で皆さんに事情を聞きたいので、すみませんがここでしばらく待っててください」
 まだ若い警官はそう言い残してばたばたと出ていった。俺は結を両手で抱きしめてやってから続けた。
「大半が逃げたのは下りのエスカレーターだろ?下り階段を全力疾走したら1人や2人は転ぶ。ましてエスカレーターは動いてるしな。それであの人数だ、将棋倒しになるのは目に見えてる」
「だからこっちに……」
「そうだ。俺も一瞬外に出ようとしたけどな、お前のおかげで助かった」
 無表情に話を聞いていた結が、意外そうにまばたきした。
「あたしの?」
「お前の声が聞こえたから、それに気付いたんだ。あん時お前の声が聞こえなかったら俺もあっち行って、下で死んでたかもしれない」
 膝立ちになって結と視線を合わせた。こうすると結の方が少しだけ背が高くなる。
「ありがとな、結」
「……ありがとう、お兄ちゃん。また助けてくれた」
 ほんの少しだけ微笑んだ結を抱き寄せると、いつものようにふわっと抱きしめられた。
「何度でも助けてやるよ。俺の娘だからな」
「うん。お父さん」
「……でも呼ぶ時は兄ちゃんて呼べ」
 結が耳元でくすりと笑った。
posted by alohz at 01:02| Comment(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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