2006年05月12日

窓越しの空

 夏の晴れた日はいい。空の青はこの上なく明るく、少年の瞳のように健やかだ。そこに浮かぶ雲は、少女達の笑いさざめく声にも似た、弾けるような元気さ一杯に伸び上がっている。
 そういったのは誰だったか。作家を気取っていた父か、インテリぶっていた兄か、前の恋人だったかもしれない。よくよく、うざったい口が近くに多いものだ。

 少女は窓辺の机に座って、外を見ていた。細い脚を片方だけ立てて、その膝に白い腕をのせて。窓の外に歩く人の姿はない。彼女の視界にはたまに車が飛び込んでくるぐらいだ。彼女のあられもない格好を考えれば、それはいいことだろう。小さな体を黄色の下着とスリップとで覆っただけで、乱れた髪も軽くまとめただけだ。彼女の幼い顔立ちを見れば、しっとりと女の匂いたつ姿はとてもアンバランスで、しかし奇妙に似合っていた。
 机の上の携帯が震えた。手だけを伸ばして探った。差出人はわかっていた。
『今日は会えて嬉しかった。クレハの笑顔が見られなかったのは残念だったけど。また連絡するよ』
 一読して、ベッドに放り捨てた。その行方には見向きもせずに、ぼんやりと外を見る。その視界に車が1台入ってきた。洒落っ気のない国産の小型車。メールを打ち終えてから、走り出したのだろう。彼女――クレハは眠そうなしかめっ面で濃紺の車を見送った。
 夏の青い空に、その車はまるでそぐわなかった。馬の群れの中に混じったロバのように、影を背負ってのろのろと走っていた。クレハもまた、窓越しの空とはまるっきり異質だった。露わになった小さな体も、幼い顔に表れた不機嫌さも、外の景色とは相容れない影を浮かび上がらせていた。
 室内はエアコンで冷やされていた。ぞっとするほどの外の暑さは感じられない。昨晩の汗を流した直後は少し肌寒く感じたが、それももう感じない。寝乱れたままのベッドの上にはタオルケットが1枚だけ丸まっていた。もう1枚、暑くてはねのけたのかベッドの脇に落ちている。
 不意にクレハは窓辺を離れ、ベッドの上の携帯を手に取った。さっき届いたメールを表示して、もう1度読んだ。そのまますぐに削除した。空のメールボックスが表示されると、興味を失ったように目を離し、周りを見渡した。自分の好きな物がしっくり来る位置に置かれた、自分の部屋だ。クレハは大人びたため息をつくと、タオルケットを両方丸めて抱えると、部屋を出て行った。
 主のいない部屋は静かだ。時計の針が1秒に2度鳴り、エアコンが低く低く唸っている。携帯は鳴らず、コンポも黙っている。机の上の写真も、何も語らない。

 ドアが開いて、下着姿のままのクレハが姿を現した。右目にかかりそうな髪をかき上げ、机の上の写真をぱたんと倒しながら、机の端にとんと尻を載せた。ごく自然に足を上げ、窓枠をぴたりと踏んだ。
「もういいよ……」
 ほんの一言、彼女の唇から漏れた。そのまま、何を見るでもなく夏の日を見ていた。

posted by alohz at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]日常の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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